トレーサビリティとは、ある製品が「どこで・誰によって・どのようにつくられ、運ばれてきたのか」を、原料の段階までさかのぼってたどれる状態のことです。ファッションの分野では、綿花などの原料が糸になり、生地になり、一着の服に縫い上げられて店頭に並ぶまでの道のりを明らかにすることを指します。ブランドが「生産背景を公開しています」と書いていても、どこまでを公開しているのかはブランドによって違うのではないでしょうか。この記事では、言葉の意味と似た言葉との違い、服のつくりの流れ、買うときに確かめたいポイントを順番に紹介します。
トレーサビリティとは
トレーサビリティ(traceability)は、英語の「trace(たどる)」と「ability(できること)」を合わせた言葉で、日本語では「追跡可能性」と訳されます。もとは食品や工業製品の分野で、品質に問題が起きたときに原因の工程を突きとめたり、回収範囲を特定したりするための考え方として広まりました。
ファッションでいうトレーサビリティは、一着の服について「原料はどこで育てられたのか」「どの工場で糸や生地になったのか」「誰が縫製したのか」を、記録や情報をもとにさかのぼれることを意味します。服は多くの国や会社をまたいでつくられることが多く、ブランド自身もすべての工程を把握しているとは限りません。だからこそ、たどれるかどうかが一つの指標になります。
「透明性(トランスペアレンシー)」との違い
よく一緒に使われる言葉に「透明性(トランスペアレンシー)」があります。トレーサビリティは、ブランドや企業が自社の製品の流れを把握し、たどれる状態を指します。透明性は、その情報を消費者や社会に向けて開示している状態を指すことが一般的です。つまり、社内ではたどれていても公開していなければ「トレーサビリティはあるが透明性は低い」ことになります。反対に、たどれていない情報は公開しようがありません。トレーサビリティは透明性の土台にあたるもの、と考えるとわかりやすいでしょう。
「生産背景の公開」との関係
ブランドのサイトでよく見る「生産背景の公開」は、トレーサビリティで把握した情報の一部を消費者に見せる取り組みです。ただ、公開の範囲はさまざまです。縫製工場の名前と国だけを載せるブランドもあれば、生地工場や紡績工場、原料の産地までさかのぼって紹介するブランドもあります。「公開しています」という一言だけでは、どの工程までなのかがわからない点に気をつけたいところです。
一着の服がたどる旅:サプライチェーンの流れ
原料が服になって手元に届くまでのつながりを「サプライチェーン(供給網)」と呼びます。綿のTシャツを例に、一般的な流れをたどってみましょう。
- 原料の生産:畑で綿花が育てられ、収穫されます。ウールなら羊を育てる牧場、ポリエステルなら石油などを原料にした化学工場がこの段階にあたります。
- 紡績(ぼうせき):綿の繊維をほぐして撚り(より)をかけ、糸にします。
- 製織・編み立て:糸を織ったり編んだりして生地にします。Tシャツの多くは編み地です。
- 染色・加工:生地や糸を染め、風合いや機能を整える加工をします。水や薬品を多く使う工程です。
- 裁断・縫製:型紙に沿って生地を裁ち、ミシンで縫い合わせて服のかたちにします。
- 検品・物流・販売:仕上がりを確かめ、倉庫を経て店頭やオンラインショップに並びます。
これらの工程は、それぞれ別の国・別の会社が担うことも珍しくありません。店頭に近い工程ほど情報が見えやすく、原料に近い工程ほど見えにくくなる傾向があります。一着のTシャツの裏側には、畑で働く人、糸を紡ぐ人、ミシンを動かす人など、たくさんの手が重なっているのです。
ファッションでトレーサビリティが注目される理由
働く人の環境を守るため
衣類の生産現場、とくに縫製工場や原料の産地では、長時間労働や低い賃金、安全とはいえない建物での作業などが国際的に問題視されてきました。どこで誰がつくっているのかをたどれなければ、ブランドもそうした問題に気づくことができません。トレーサビリティは、人権に配慮したものづくりの出発点とされています。
環境への負荷を把握するため
原料の栽培に使う水や農薬、染色で使う薬品や排水、長距離の輸送など、服づくりの環境負荷は工程ごとに異なります。どの工程がどこで行われているかがわかってはじめて、改善の手を打つことができます。
「サステナブル」という言葉を見極めるため
環境に配慮しているように見せながら実態がともなわない「グリーンウォッシュ」への関心も高まっています。素材や工場の情報が具体的にたどれるかどうかは、ブランドの言葉を受け取る側が判断するときの手がかりになります。
暮らしの中のトレーサビリティ
すべての服の背景を完璧に調べる必要はありません。衣替えで新しい一着を迎えるときや、長く着たい服を選ぶときに、次のようなポイントを少しのぞいてみるだけでも、服との向き合い方が変わってきます。
タグ(品質表示)で確かめられること
- 組成表示:綿、ウール、ポリエステルなど、どの素材がどれくらいの割合で使われているかがわかります。
- 原産国表示:日本で販売される衣類には原産国が表示されていますが、一般的には縫製など最終的にかたちを大きく変えた工程の国を示すもので、原料の産地や紡績の国まではわかりません。タグでわかるのは旅の「最後の一区間」だけ、と覚えておくと誤解が少なくなります。
公式サイトで確かめられること
- どの工程まで公開しているか:縫製工場だけか、生地・紡績・原料の産地までさかのぼっているかを見てみましょう。
- 具体性:「信頼できるパートナー工場」といった抽象的な表現だけでなく、国名や地域、工場の名前、つくり手の紹介など具体的な情報があるかどうかが一つの目安です。
- 第三者の確認:素材や生産工程について、外部の認証や監査を受けているかを記載しているブランドもあります。認証によって対象となる工程や基準が違うため、何を確認したものなのかもあわせて見ておくと安心です。
- 情報の更新:工場リストや報告書がいつ更新されたものかも確かめておきたいポイントです。
わからないことは、たずねてみる
サイトに情報が見当たらないときは、問い合わせ窓口や店頭のスタッフにたずねてみるのも一つの方法です。消費者からの「知りたい」という声が、ブランドの情報公開を後押しすることもあります。答えが得られなくても、それ自体が選ぶときの判断材料になります。
知ることが、長く大切に着る気持ちにつながる
綿花の畑から紡績工場、縫製のミシンまでの旅を思い浮かべると、手元の一着が少し違って見えてくるのではないでしょうか。背景を知って選んだ服は、ほつれを繕ったり、手入れをしたりしながら長く付き合いたくなるものです。新しく買うことだけでなく、手持ちの服を大切に着ることや、必要なときに借りるという選択肢も、服との丁寧な付き合い方の一つです。サステナブルな服選び全体についてはサステナブルファッションのコラム、所有にこだわらない選び方についてはファッションレンタルのコラムもあわせてご覧ください。
※この記事は、2026年10月時点の情報をもとに作成しています。最新の情報は各公式サイトをご確認ください。
