富山県富山市の中心部から車を走らせること40分ほど。人間以外のさまざまな動植物の存在を強く感じる里山に「土遊野(どゆうの)」という農場があります。
「土遊野」では、農薬・化学肥料を一切使わずにお米や農作物を作っています。同時にニワトリやヤギなどの家畜も育てています。家畜たちには農場でとれたものを与え、彼らの糞を今度は肥料として使うことで自然な循環を作り出しています。
「土遊野」が目指すのは、こうした仕組みを通じて、私たちも自然の循環の中で生きていることを五感で実感できる場づくり。そんな農の営みを次世代につなげていくために、農産物の販売だけでなく、田んぼや畑の見学を受け付けるなどして農場を開かれた場にしています。
今回は、農場主の河上めぐみさんに農場を案内していただき、土遊野の循環の仕組みを見てきました。
富山県富山市(旧大沢野町)土(ど)集落で育ち、大学時代は東京で過ごす。都会での生活を楽しみながらも、里山での暮らしの魅力を再確認し、卒業と同時に富山に戻り、両親が開いた有限会社土遊野へ就農。2015年に会社を引き継ぎ、有限会社土遊野代表取締役に就任。プライベートでは一児の母。
まずはアイガモの小屋へ
最初に訪れたのは、アイガモの小屋です。そこには、田んぼに放される予定のアイガモの子どもたちがたくさんいました。
「土遊野の田んぼでは、農薬を使わず、かわりにアイガモに田んぼの虫などをとってもらうアイガモ農法を実践しています。アイガモたちと一緒にいると『この子たちの命のことをしっかり伝えたい』と強く感じます。それが根本になっているので、仕事がつらいとか、農場の経営が大変だとか、そういうことは全く思わないですね」
と、河上さん。アイガモたちをやさしく見つめるまなざしが印象的でした。
楽しそうに暮らす、ニワトリやヤギたち
次に、ニワトリやヤギの小屋を案内していただきました。小屋の入り口には、地元の農家の規格外野菜のニラがありました。
奥には穀物がまとめて置いてありました。下に、近くの山に生えていた草や葉っぱが入っており「発酵させているところ」だとのこと。理由は「発酵食品はニワトリの体にも良いので」と、河上さん。ニワトリたちを大切に思う気持ちが伝わる一言でした。
ニワトリたちは肉と卵の生産のために飼育されています。飼育方法は、ケージ(鳥かご)飼いではなく、平らな地面の上で放し飼いの状態で飼育する「平飼い」です。最初に見たのは、肉になる運命のニワトリたち。どのニワトリも色つやがとてもよく元気いっぱいでした。
隣の部屋にいた、卵を産むニワトリたちも楽しそうに動き回っていました。「好きなタイミングで卵を産みに行けるのでストレスが少ない」とのことです。
その奥にはヤギのスペースが。河上さんがもうすぐ子ヤギを産む予定のヤギに、やさしく声がけしている様子が印象的でした。なお、ヤギはミルクを提供したり畑の草を食べてくれたり(=草むしりのかわり)、といった役割を担っています。
山の命を育む棚田
土遊野では、3つの山に作られた棚田で無農薬、有機栽培で米を栽培しています。管理している棚田の枚数は、なんと100枚! 今回見せていただいた棚田は、町や立山連峰が見える、見晴らしの良い場所にありました。時にはイノシシやシカ、ワシ、トンビに遭うこともあるのだとか。「ここで命が育まれているんだな」と実感しました。
河上さんは、家業を継いで今年で13年目。土遊野での日々について、こんな風に語ってくださいまた。
「ここは、いわゆる限界集落です。このあたりに住んでいるのは私の家と両親の家、それにスタッフの家だけです。私達が農業をやめればこの集落が閉じ、棚田も閉じ、山にかえっていきます。これまでつないできた里山がなくなるんですね。
この棚田は私の代が作り上げたのではなく、先代たちが切り開いて、用水路から水をひいて作ってきたものです。それを次世代に引き継いでいきたいと思っています。循環型のやり方が日本のこういう場所でできるんだな、ということを伝えたいです」
農場のめぐみからできたものを販売
土遊野でとれたお米や平飼い卵、加工品は県内の直売所やオンラインショップで販売されています。取材後に農場で買った卵を買い、その日の夜に卵かけごはんにして食べたのですが、うまみがありながらも、しつこさは皆無のさっぱりとした後味で驚きました。我が家の小中学生の子どもたちも「これはおいしい!」と感動していました。
こちらは、土遊野では収穫したものとこだわりの材料を使って作られたパンケーキの粉。もちもちの食感で人気を博しています。
農場を通じて「生きる選択肢」の多様性を伝える
案内をしながら、河上さんは見学ツアーを行っている意義について、こんな風に話してくださいました。
「サステナブルな地球・社会を持続させていくためには、どれだけ食べ物を得られるかが大事だと思います。その意味では、農業は価値ある仕事です。ただ、職業として選ばれないんですよね。それは価値に気づかれていないからだと思うのですが、原因は伝えきれていない農家側にもあると感じています。だから私は農場で食べ物を生産するだけでなく、伝えることも大事にしたいと考えています」
また、「どんなことを伝えていきたいか」という問いには、こんな答えが返ってきました。
「農業の魅力はもちろんのこと、ここに来た人たちには、私たちのような暮らし方も選択肢の一つとしてあることを感じてもらいたいですね。私は東京に5年間住んでいたことがあり、東京の価値観を体感したうえで、自然に近い場所で生きたいと思い、ここに戻ってきました。
でも、町で育ってきた人は農業の現場にふれたことがある人が圧倒的に少ないですよね。全員に農家になってほしいというわけではなく、まずは農家の現状を知り、可能性を感じてほしいです。
そして、私たちの様子を実際に見て何か感じることがあったら、できる範囲から食べ物を育ててみたり、作り手のストーリーが見える食べ物を選んだりしてもらえたら嬉しいです」
編集後記
「日本って、この農場のような豊かな中山間地域がまだ国土の4割も残っているんです。そういう意味では豊かな国なんですよ」と、まわりの自然を見ながらつぶやいた河上さん。まなざしの奥には「次世代につないでいきたい」というゆるぎない決意が見えました。河上さんの言葉の重みを感じながら「私もできることからはじめよう」と心の中でつぶやき、帰路につきました。
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曽我 美穂
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