今、世界中で、使い捨てプラスチックごみが問題になっています。日本でも、今年4月から、プラスチック資源循環促進法が施工されるなど、身近な問題となっています。そんなプラスチックごみを少しでも減らすために、最近注目されているのが、プラスチックフリーの木製や竹製の歯ブラシ。今回は、天然木の家具の端材と馬の副産物の天然毛を使って、手作りのプラスチックフリー歯ブラシを製作販売する「N h e s. (ナエス)」を取材しました。
日本製プラスチックフリー歯ブラシを作るきっかけ
本業では、プラスチックの歯ブラシなどの生活雑貨を加工製造をする会社を営んでいる村中克さん。なぜプラスチックフリーの歯ブラシを製造するにいたったのでしょうか。
「プラスチックによる海洋汚染問題などを知るにつれ、自分の仕事について自分自身で認めつつも、違和感が拭えずにいました。環境に優しく未来に繋がることが何かできないだろうか…」と考えていたそうです。
そんな折、2018年に渡航先のオーストラリア・シドニーの一般的なスーパーマーケットで、柄の部分が竹で作られている歯ブラシに出会います。それを見た途端「これだ!」とピンときたと言います。
自然な素材から作られるものは、燃やす際も有害物質の発生が少なく、最終的に自然環境下で分解され地球に還っていきます。これぞまさしく環境に優しく、未来に繋がるもの。しかも村中さんの本業で得意とする歯ブラシだということも後押ししてくれました。
日本製のプラスチックフリー歯ブラシをゆくゆくは世界の人にも使ってもらいたい。東京オリンピック前だったこともあり、それが村中さんに与えられた使命だと感じるようになりました。
日本製プラスチックフリー歯ブラシ「 t u r a l i s t(美らりすと)」
帰国後すぐ10種類以上の竹製歯ブラシを取り寄せたものの、そのほとんどが海外製。しかも毛の部分はプラスチック(ナイロン製)であることも知りました。また歯ブラシのヘッド部分は日本人には大きく、国内ではあまり好まれない形状だったのです。
「自然に優しい素材を使った日本人の口にあった歯ブラシを作れないかと、数社に製造の相談を持ち掛けるもリスクが先に立ち、全て断られる結果になりました。」と当時の村中さんは肩を落とします。
日本製プラスチックフリー歯ブラシへ協力者が現れる!
開発が難航した上、コロナ禍に突入したため、せっかく見つけた使命を忘れかけていた頃。ふと知り合いの木工の家具職人のことを思い出したそうです。村中さんの想いの丈を話し、相談を持ちかけたところ、試行錯誤を重ねて、竹製の歯ブラシの柄の部分を作ってもらえることになりました。
しかし、次は、毛を植毛する業者が見つからないという新たな壁が立ちはだかります。
そんななか、本業のプラスチック会社の得意先である植毛業者から廃業したいという相談を受けます。「その業者は獣毛を植毛する特殊な技術を持っていて、実はその技術に関心があり、いつかコラボをしてみたいと考えていました。そこでイチかバチか、植毛をお願いしてみたらなんと快諾!」と村中さん。こうして、植毛を頼める業者もみつかりました。
その後、知り合いの家具職人から、製造過程で出る端材を使わないかと提案されます。「本来廃棄処分する原料で新たな製品が生まれるなんて、より環境に配慮した製品になる!と嬉しくお受けしました」と村中さん。
こうして、全てが自然素材からできた日本製のプラスチックフリー歯ブラシ「 t u r a l i s t(美らりすと)」ができあがりました。
日本製プラスチックフリー歯ブラシ「 t u r a l i s t 」ができるまでに密着!
植毛加工会社にお邪魔し、歯ブラシができる工程を見学させていただきました。
天然毛を植える
木工業者から届いた、家具の端材を利用したブナの柄の部分に空いた穴ひとつずつに、馬の毛を植毛していきます。
職人の西本さん(写真上)はこちらで唯一の植毛職人で、30年の経験を積むベテランです。昔のミシンのような剛健でアナログな植毛機は50年代物、一度にたくさんの植毛ができるものではありません。歯ブラシの柄に空いた穴に真鍮の平線で詰め込むようにひと穴ずつ植えていきます。これには経験に裏付けられた技術と、研ぎ澄まされた感覚が必要になるそう。
話しているときはにこやかな西本さんも、機械を前にするとプロの表情に早変わり。大きな機械を使いこなす姿には気迫すら感じます。
毛先を削り整える
植毛が終わったばかりの歯ブラシは、まだ毛の長さが不ぞろいです。そこで次はまた別の機械にかけて、毛先を整えていきます。これは代表、中山さんの役割。その際、奥歯まで届くように斜めにカットします。これは実際に何度も歯を磨いてみて、使い心地を試していき着いた今の段階で最善のカタチだそう。
刻印→消毒
最後にブランド名やロゴを刻印し、消毒してできあがり!もちろん削った後、そして消毒後には検品を行い、細かな調整を重ねています。
見えてきたプラスチックフリー歯ブラシ「量産」の壁
日本製プラスチックフリー歯ブラシ「 t u r a l i s t 」の製造で見えてきた課題は「量産」です。
歯ブラシの柄の部分は、現状は端材を提供してくれている家具を扱う木工業者が作ってくれていますが生産の数に限度があります。
植毛については現状、70代の職人さんがひとりで請け負っていますが、その技術をどう継承するのか。また国内では獣毛植毛の産業自体が衰退、職人も減少の一途を辿っています。
また、今使っているのは40年ものの植毛機ですが、部品はすでに製造中止になっています。端材を使った歯ブラシには、細やかな打ち込みができる今の機械が必要に。メーカーも獣毛を使う機械については開発が進んでおらず、今後どう開発するのかが課題です。
自社で生産するにもゼロからの取り組みなので初期投資、場所や人材の確保、人材育成を考えると現実的ではありません。今は、新たな協力業者を探しながらできることを模索中だそうです。
日本製プラスチックフリー歯ブラシで未来に希望を
「今後も「N h e s . 」らしい商品開発を続け、同じような意識や想いを持つ人を増やしていきたいです。それにより、少しでも多くの人が未来に希望を持てるようになれば嬉しいですね。」と村中さん。
「地球に何かいいことを」という熱い想いと、それに共鳴した協力者の方々による手作りのプラスチックフリー歯ブラシ。木の温もりが滑らかな柄はそっと手に収まり、コンパクトに整えられたヘッド部分は口の隅々まで行き届く。歯磨き時間が豊かになる、大切な誰かに贈りたくなる一本です。
編集後記
一本の歯ブラシを通して人の温もりに触れ、環境問題への関心がさらに高まる取材になりました。
家具の端材や馬の副産物を活用した日本製プラスチックフリー歯ブラシ「 t u r a l i s t 」は、使う方にも資源を大事にする意識が生まれそうです。それは、森林伐採を少しでも食い止めることや、CO2削減にも繋がり、より多くの人への関心を高める役割が期待できそうです。
【関連ページ】プラスチックごみ削減で日本が抱える課題は?解決策も
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