「食べること」は私たちが生きるために必要なことであり、おいしい料理を食べ、楽しい食事の時間を過ごすことで、私たちは幸せを感じます。そして、そうした食事の際に交わす「いただきます」や「ごちそうさま」の言葉には、地球上に存在する「いのち」を食べること、そして食を育てた人や自然への感謝の気持ちが込められています。
しかし、現在、食を育む地球は多くの課題に直面しています。たとえば、家畜が排出するメタンが気候変動の原因になっていることや、水質・土壌汚染、森林破壊、食品ロス、プラスチックごみの問題や労働問題など、地球環境と食の未来を守るためには、現在の食の在り方を見直す必要があります。
食で地球の未来を拓く「サステナブル テーブル」
2022年5月から4回にわたって、ザ・キャピトルホテル 東急で開催されてきた「サステナブルテーブル」は、持続可能な食の未来についてのテーマに焦点を当てたイベントです。一流のシェフが手がける料理を味わいながら、プラントベースフード、食品ロス問題、サステナブルシーフード&ベターミート、ウェルビーイングなど、多様なテーマについて学ぶことができます。
このイベントを手がけたのは、世界がもっと素敵になるソーシャルグッドなアイデアを集めたオンラインマガジンIDEAS FOR GOODの連載、「持続可能なガストロノミー」で、サステナブルな未来を目指す食のキーパーソンとともに、これからの食の在り方を社会に発信している、ONODERA GROUPのエグゼクティブシェフの杉浦仁志氏、同連載にも登場している、総料理長として、ザ・キャピトルホテル 東急・総料理長/副総支配人を務め、食の分野を総括しながらもホテルにおけるサステナブルな活動に取り組む先駆者でもある曽我部俊典氏、そして、杉浦シェフがプロジェクト・アドバイザー・シェフも務める日本サステイナブル・レストラン協会(以下SRA-J)代表理事の下田屋毅氏の3名です。
この記事では、過去3回のテーマをふり返りながら、人と地球の幸せな未来につながるウェルビーイングな食について考え、最後に杉浦シェフと曽我部総料理長が生み出すコース料理を紹介していきます。
人と地球の幸せにつながる、持続可能な食について考える
4回目で最終章となる今回のテーマは「ウェルビーイング」でした。これまで3回にわたって学んだ「プラントベースフード」「食品ロス」「サステナブルシーフード&ベターミート」といったテーマの全てを包括した内容です。
まずは当日の下田屋代表理事(以下 下田屋氏)のお話をもとに、これまでの学びをふり返り、最後に今回のテーマであるウェルビーイングについて述べていきます。
第1章「プラントベースフード」
2022年5月に開催された第1章のテーマは「プラントベースフード」です。ビーフなどの赤みの肉は環境への影響が高く、その後に豚や鶏、魚、野菜と続きます。工業型畜産は環境への負荷が高い産業であり、たとえば、牛がゲップした時に排出するメタンは気候変動の要因にっていると言われています。家畜の飼料を育てるための広大な土地の確保は化学肥料による土壌劣化、水質汚染を引き起こします。
こうした課題を解決するためには、下田屋氏が言うように「肉食を減らし、野菜をより多く食べていくという流れを作っていくこと」が必要となります。植物由来のプラントベースフードは、そんな私たちの「食」への欲求を満たしつつ、環境負荷を軽減できる食材です。また、プラントベースフードは食肉に比べてカロリーが低いという利点もあり、健康的な観点からも日常から積極的に取り入れたい食材です。
第2章「食品ロス」
続く第2章のテーマは「食品ロス」です。現在、世界全体で人の消費する目的で生産された食事の1/3が廃棄されており、日本国内でも年間で約522万トンの食料が廃棄されています。日本人一人あたりの1日あたりの食品ロスは平均約113g、ごはんでいうとお茶碗約1杯分、年間で一人あたり約41Kgの食料廃棄に相当します。
食品ロスには、農場や屠場などの生産過程や工場での加工の際に規格外とみなされるものや、調理時に捨てられてしまう食品も含まれます。また、魚介類であればサイズ等が規格外という理由で廃棄されてしまう未利用魚や低利用魚、出産を重ねた経産牛や害獣として殺された鹿や猪のジビエ肉など、品質などに問題はなく食べられるものも多く存在します。私たち消費者も食品ロス削減のために「捨てられてしまう食材」を取り入れたサービスを利用するなど、できることを考えていく必要があります。
参照サイト:食品ロスってなに?|[消費者庁]めざせ!食品ロス・ゼロ
第3章「サステナブルシーフード&ベターミート」
下田屋氏は、「サステナブルシーフード」に関する課題について、IUU漁業漁業など違法・無報告、無規制の漁によって市場に出回る魚があることなど違法・無法の漁によって市場に出回る魚があること、そして日本でも売られている魚の24―36%が過酷な状況下で労働を強いられている人たちによって漁獲されていると指摘します。また、海の現状には「磯焼け」など、ウニが繁殖し海藻を食べ尽くす問題もあり、健全な藻場が脅かされています。こうした状況を改善するためには、未利用魚や低利用魚を積極的に活用し、ASCやMSCなどの認証を取得しているシーフードの使用することが挙げられます。
「ベターミート」とは、環境、人々の健康、そしてアニマルウェルフェアに配慮して育てられた家畜を選ぶ、すなわち「ベターな肉を食べる」ということです。たとえば、環境影響が高い赤み肉ではなく、ポークやチキンを食べる、地産地消につながる国産肉を選ぶなどが挙げられます。また、今回のコースでも使用されていた、自然に近い環境で放牧され、牧草のみを食べて育った牛や羊などの「グラスフェッド」肉は、生物多様性の観点からも持続可能な畜産の形であり、ベターミートとして注目されています。
参照ページ:サステナブル・シーフードとは・意味 | 世界のソーシャルグッドなアイデアマガジン | IDEAS FOR GOOD
参照ページ:ベターミートとは・意味 | 世界のソーシャルグッドなアイデアマガジン | IDEAS FOR GOOD
人も地球も健康で幸せに、最終章「ウェルビーイング」
「ウェルビーイング」とは、心身と社会的な健康を手にすることや、満足した生活が送れる状態、幸福で充実した状態が続いていることを指す言葉。厚生労働省の公式サイトでも「個人の権利や自己実現が保障され、心身的・社会的な健康が保障されていること」と定義されています。食の文脈では、食を提供する側と私たち消費者のそれぞれの立場で、未来につながるウェルビーイングな食を意識していく必要があると、下田屋氏は言います。
「提供される食事がおいしいだけではなく、食材レベルで健康に配慮されている必要があります。また、飲食店や料理に携わる人に期待する役割は、食文化の継承や地域の人々の健康の向上の場であり、生産者と消費者をつなぎその思いを伝えるハブとして存在することです。そして消費者の方が、そうしたサステナブルな取り組みを行う個人やレストランを支援することで、社会や地球全体がウェルビーイングになることにつながっていきます。たとえば、今回のイベントのような場に参加することも、一つの応援・支援の方法です」
また、下田屋氏はSDGsの達成においても、まずは私たち一人ひとりがウェルビーイングであることが欠かせないと語ります。
「SDGsに『誰ひとり取り残さない』というフレーズがありますが、実際に地球上の誰ひとり取り残さないと考えると難しいと考えてしまうかもしれません。しかし『地球上のみんなが幸せになる』と言葉を置き換えることで可能性が高まる感じがすると思います。そしてまずは私たち個人が幸せであること、その上で経済、環境、社会におけるバランスが取れていくこと、そしてその先の大きな地球が満たされた状態になっていくことができると思います」
SDGsの目標を達成しようとしたその先に、地球全体のウェルビーイングがある。まさに、本イベントの最終章にふさわしい下田屋氏のお話でした。
この後は、杉浦シェフと曽我部総料理長による、「持続可能な美食の探求」というタイトルにあるように、心も体も満たされる、味わい深くて美しいウェルビーイングな料理を紹介していきます。
体も心も健康に、環境にも配慮したウェルビーイングなコース料理を体験!
「皆様の幸せに乾杯!」と言う曽我部総料理長の乾杯の声とともに、人と地球の健康と幸せにつながる、ウェルビーイングをテーマとした美食の体験が始まりました。
料理の内容は、アミューズ、パン2種、メモリアル前菜、冷前菜、お魚料理、トリュフ料理、お肉料理、デザート、プティフールとボリューム満点の9皿。飲み物は料理に合わせたペアリングのドリンク5種と食前のウェルカムドリンク、そして最後はオリジナルブレンドのハーブティーで終了のフルコースです。
アミューズ:海藻や鶏胸肉、発芽発酵玄米、薬膳を取り入れたヘルシーな4品
海藻と魚介のクリスタルタルト、鶏胸肉とトマトとアボカドのクリスタルタルト(杉浦シェフ)
「食事の順番を考えることが大切」という杉浦シェフ。食事の前に取ると血糖値の上昇を抑えることができる食物繊維。その水溶性食物繊維を多く含む食材の代表格とも言われる「海藻」を組み込んだ海の恵のタルトと、アミノ酸を多く含み、糖質の低い鶏胸肉を使った、山(陸)の恵のタルト。
からだに優しいモッツァレラボール、ベジブロスと甘草のスープ(曽我部総料理長)
モッツァレラボールの中の発酵発芽玄米は、曽我部総料理長が特別な炊飯器で5日間発酵させたもの。長時間発酵で味の深みが違う。食品ロス削減レシピのベジブロスにクコの実や甘草などの薬膳料理の素材を加えたスープ。最後にカレー風味のホイップクリームで全体のバランスを整えている。
パン2種類:ベーカリー杉澤シェフのホテルメイドなバゲットとパン・ド・ミ
バゲットカンパーニュ、プティ・パン・ド・ミ・ノワール
コースのパン2種は、ビタミンやミネラルなどの栄養素が豊富なライ麦を使い長時間発酵したバゲットカンパーニュと、カリウム、ミネラルなどが含まれデトックス効果が期待される竹炭を天然酵母に練り込んだ真っ黒なパン・ド・ミ。パン・ド・ミは天然由来の材料のみを使用し、もっちりとした食感に焼き上げている。
メモリアル前菜の共演:素材の組み合わせや文化の融合が魅力の鮮やかな2品
ブーケ(杉浦シェフ)
「料理人というのは、生産者から食材を受け取り、消費者の口の中に届ける、そのハブのような存在。双方のつながりのなかで、食に対する喜びを、生産者から消費者の方にまで感謝の意味を込めて『花束を捧げたい』」という杉浦シェフの思いが詰まった一品。日本の精進料理のテクニックを取り入れ、約4種類の根菜をゆずの皮で香り付けして一つひとつ花束の額に。中の白いクリームは白和からの派生で、しょうがやヘーゼルナッツを加えるなど、日本文化の中に海外の食文化を融合させている。
ホワイトアスパラガスと青リンゴのマリアージュ(曽我部総料理長)
「料理人でもなかなか思いつかない組み合わせ」と杉浦シェフも唸る、ホワイトアスパラガスと青リンゴの組み合わせ。ホワイトアスパラガスはえぐみがある食材だが、ボイルしてしまうと旨味も消えてしまう。やわらかい酸味の青リンゴを合わせることで、えぐみを消しながらも素材のうま味もキープ。素材を存分に味わえるようにソテーされたホワイトアスパラガスは食感も含めて楽しめる。
冷前菜:「食器」のサーキュラーエコノミーを器の上に表現した一品
ボーンチャイナに載せたボナース野菜の菜園仕立て(曽我部総料理長)
陶磁器メーカーのニッコー株式会社の「サーキュラーエコノミー」の取り組みで、捨てられる食器のリサイクルから生まれた肥料「BONEARTH®(ボナース)」。リン酸三カルシウムを多く含むボナースを使用して育てた野菜やベターミートを使い、器の上を菜園に見立てて盛り付けした一品。
参考記事:世界初、捨てられる食器のリサイクルから生まれた肥料「BONEARTH®」
魚料理:和食の技術を取り入れた、サステナブルシーフードの取り組み
東京湾で水揚げされた鱸のプレッセ 山菜のフリットを添えて(曽我部総料理長)
東京湾の資源に配慮して調達した鱸を活用し、地産地消とサステナブルシーフードを実現。和食で使う「流し缶」を使い、鱸のスライスとペーストを真空プレスして固めて成形することで、通常切り身だと捨ててしまう頭や尻尾なども丸ごと使うことができ、食品ロス削減につながる。
トリュフエッグとキノコのバリエーション 菊芋ソース(杉浦シェフ)
腸内環境をよくするための善玉菌の餌となる「イヌリン」を含む菊芋を使った一品。また、タンパク質は「動物性と植物性を組み合わせて取ると効果が高い」と杉浦シェフ。普段の食事でも食べる順番、組み合わせ、栄養効果などを意識し、今の食生活を少し変えるだけでも健康をキープできるそう。
肉料理:健康にも動物や環境にも少しでもベターな肉の選択を
グラスフェッドスモークラム 熟成果実ソース(杉浦シェフ)
放牧で牧草を食べて育った「グラスフェッド ラム」の肉をスモークした一品にドライカレーを添えて。グラスフェッドな赤み肉は脂肪分も少なく人の健康にも良い影響を与えるという。そんな赤肉と健康の関係を再発見する一皿。
デザート&プティフール:廃棄予定のりんごを余すことなく使ったタルト・タタン
タルト・タタン・ア・マ・ファソン
ザ・キャピトルホテル 東急のシェフパティシエの安里氏による、健康効果が高い果物のりんごを使ったタルト・タタン。規格外や出荷基準に満たなかったという理由で市場に出ないりんごを丸ごと使用。飾りのアメも使用したりんごの皮を粉末状にしたものと砂糖を合わせたもの。
プティフール:クロワッサン プディング
同じく、シェフパティシエの安里氏より、食品ロスへの取り組みで、ホテルの朝食で余ったクロワッサンに、カリウムを多く含み、むくみ予防にも効果的なレーズンを合わせ、パンプディング風に仕上げた焼き菓子。こちらは、テイクアウト用のバッグに入れて持ち帰ることも可能。
ドリンク:コースのドリンクは料理の味を引き立てるペアリングで
コースのドリンクはすべて料理に合わせたペアリングで提供されました。シャンパンや赤・白ワインだけでなく、廃棄パンを使用したクラフトビールやラズベリーとハーブを使ったノンアルコールドリンクまで、健康や環境に良い影響をもたらすブランドがセレクトされていました。
編集後記
最後に曽我部総料理長から最近ホテルで始めた取り組みとして「披露宴のパンを温めるのを辞めました」という話がありました。すべてにおいて最高品質のサービスを期待されている5つ星ホテルにおいて、披露宴で常温のパンを提供するということは、最高の状態でパンを提供したいホテル側や、焼きたてのパンを期待するゲストの双方の理解を得るのは容易ではなかったのではないでしょうか。結果として、常温でパンの提供が可能になったことで、残ったパンを全てゲストに持ち帰ってもらえるようになり、大量にあったパンの廃棄を削減することに成功したとのこと。ホテル、ゲスト、そして地球環境のすべてにとって幸せな結末に、ウェルビーイングがテーマのイベントの終わりにふさわしいストーリーでした。
「当たり前のように日々食べているおいしい食事に多くの人は幸せを感じる」という杉浦シェフの言葉通り、食を通じてまずは私たち一人ひとりがウェルビーイングであるように、サステナブルな食について学び、暮らしの中に取り入れていくことが、地球のウェルビーイングに繋がってゆくと感じました。
これからも、杉浦シェフと曽我部総料理長の取り組みや、日本サステイナブル・レストラン協会の活動に注目していきたいです。
【参照サイト】日本サステイナブル・レストラン協会(SRA-J)
【参照サイト】ザ・キャピトルホテル 東急|溜池山王駅直結 東京・赤坂
【関連ページ】多様な食文化」とは、選択肢を持つこと。ヴィーガンシェフが考える、ソーシャルフードガストロノミーとは?【FOOD MADE GOOD#3】
【関連ページ】日本の食材を愛するフランス人シェフに学んだ哲学「テロワール」とは?【持続可能なガストロノミー#1】
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