農業の人手不足や高齢化、荒廃農地などの課題を解消し、障害のある人たちの就労支援にもつながる「農福連携」。先回に続き、今、全国各地で盛り上がりつつある農福連携について取り上げます。
今回は農福連携で生まれた、おいしいクラフトビールとキッシュのお話です。
自閉症の人の強みを生かす クラフトビール「西陣麦酒」
まだまだ暑い日が続き、ビールがおいしい今日このごろ。個性あふれる手づくりのクラフトビールに注目が集まっていますが、今回オススメする農福連携商品は、京都・西陣生まれのクラフトビール「西陣麦酒」です。築140年超の京町家を拠点に活動する社会福祉法人菊鉾会ヒーローズが醸造・販売を手がけています。
ヒーローズは、自閉症の人が通う多機能型の福祉施設で、生活介護事業と就労継続支援B型事業を担っています。設立は今から約10年前。利用者がいきいきと活動でき、地域の方とのつながりが生まれるようにと、2017年から西陣麦酒をメインとしたクラフトビールの製造・販売を開始しました。クラフトビールをつくるには、丁寧な温度管理、ラベル貼り、瓶への充填、洗浄、在庫管理などさまざまなタスクがありますが、コツコツと地道な反復作業は、自閉症の人たちの特性を生かせるのではないかと考えたそうです。
ビール事業の開始にあたり、視覚的に理解できるマニュアルを活用したり、ラベル貼りや醸造など作業を細分化したり、自閉症の人が作業しやすいような環境づくりを整備。現在、20〜30代を中心に18人が通い、1日10人ほどが醸造、ラベル貼り、瓶への充填、梱包、納品の同行などを行っています。
西陣麦酒のビールは、「個性的でおいしい!」「いろんなラインナップが楽しい!」と評判で、ビールの出荷量はこの5年で大幅に増加。工賃の大幅アップも実現し、過去には農福連携の優れた取り組みを表彰する「ノウフク・アワード2020」(ノウフクアワード農福連携等応援コンソーシアム)にも選ばれました。
醸造家や障がいのある方だけでなく、麦芽やホップを栽培する福祉事業所、地域コミュニティ論を研究する大学ゼミなど、地域内外の多様な人と一緒にビールを創り上げているヒーローズ。2023年7月には、西陣麦酒の醸造所に「タップルーム」が完成し、金・土曜にのみ、西陣麦酒の生ビールを楽しむことができます。また、京都市内には60カ所以上の西陣麦酒を常時、取り扱っている飲食店があり、インターネットでも販売されています。
地域の若者と高齢者がつくった「白神まいたけキッシュ」
秋田県最北端にある藤里町は、標高1000メートル級の山々が連なる白神山地の麓に位置し、冬は真っ白な雪に埋もれる豪雪地帯。人口2,869人のうち1,429人が65歳以上(令和5年3月時点)と、全国に先駆けて高齢化が進む地域ですが、近年、全国から視察や講演の依頼が後を経ちません。
その理由は、藤里町社会福祉協議会が地域の人と一緒に進めるまちづくりが注目を集めているから。まちづくりのキャッチフレーズは「藤里方式=弱者支援から活躍支援へ」。支援が必要な人は支援する側にもなれるという発想のもと、それまで“弱者”と呼ばれていた高齢者や引きこもりの若者たちの力を引き出し、地方創生や地域活性化のヒントが詰まった地域なのです。
困りごとを抱える若者や高齢者を支援する取り組みの中で生まれたのが、この「白神まいたけキッシュ」です。元ひきこもりの若者たちと地域の高齢者らが一緒につくった商品で、白神山地の清らかな水と空気で育まれたヘルシーなまいたけがギュッと詰まっていて、比内地鶏の卵や生クリーム、玉ねぎなど他の素材との相性もばっちり。手間暇かけて、じっくり焼き上げられ、お酒にもよく合うおいしい一品です。
このキッシュがヒットしたのを皮切りに、藤里町では地域で使われていない耕作地を活用して、藤里産のわらびなどを育て、「わらびと舞茸の山椒煮」「ふきと山うどの含め煮」などの特産品を生み出しています。白神の深い森の恵みや里山に昔から伝わる食の知恵を用いた商品は、ネットでも購入でき、体にやさしくておいしい「和のおかず」として好評です。
担い手が不足する農業と障害のある人の働く場を求める福祉、両分野の課題を補い合う「農福連携」で生まれた商品は他にも多数! 福島県の農場で育てたぶどうを使ったワイン「Vin de Ollage 本宮ロゼ2022」や、鹿児島県で養豚を営む福祉施設のハムなど全国各地で魅力的な商品が次々に誕生しています。
【関連ページ】農業×福祉 多様性に価値を見出す認証マーク「ノウフクJAS」
【参照サイト】西陣麦酒オンラインストア
【参照サイト】藤里町社会福祉協議会「白神まいたけキッシュ」
【参考サイト】JA全農の産直通販JAタウン
【参考サイト】ノウフクWEB
【参考サイト】ノウフク・アワード
新海 美保
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