おいしくてヘルシーなものを口にしたい、そんなときは何をベースに献立づくりをすればよいのか。近年このように考えた方も多いかもしれません。そこで今回は、中医薬膳師の資格を持つ筆者が薬膳の考え方を用いた調理方法をご紹介。薬膳の観点からこの先の食料問題についても考えてみました。
「自分の体は自分で守れる」、そう教えてくれた薬膳料理
私が薬膳の世界に本格的に足を踏み入れたのは世の中にコロナが蔓延し始めた2年前のこと。ちょうど娘の離乳食が始まったこともあり、「自分の体、家族の体は私が守らなくてはいけない」、そう強い衝動に駆られたことがきっかけでした。
以前台湾の航空会社に勤め、多くの時間を台湾の人たちと共に過ごしていたこともあり、「健康な食事」と考えたとき真っ先に頭に浮かんだのは中医学をベースとした「薬膳」。
現地の友人や同僚は普段から日々の食生活を通し「自分の体は自分で守る」ということを自然に実践していて、当時から私もこの体の整え方には大きな好感を抱いていました。そして彼らと同じ環境で過ごしていくうちに気がつけば私も薬膳を取り入れた食生活を実践したいと思うようになっていました。
「体を整える」といってもそんなに難しいことではなく、たとえば女性であれば月経前にトマトや豆腐、コーヒーなど体を冷やすものを口にしないようにするといったことや、貧血気味であれば豚レバー、ほうれん草、落花生など血を養う食材を意識的に摂るようにするといったシンプルなこと。
私自身異国の地でほぼ体調を崩すことなく、体力と健康が特に重視される航空会社に長く従事できたのは、少なからずこういった薬膳の考え方を取り入れた食生活を送れていたことも関係している気がしています。
“体を守る” ということがこれまで以上に必要とされている今の時代、薬膳に秘められた健康のヒントを日々の献立にちりばめることは心身の健やかさに繋がるのではないかと思っています。
食材はどんなものがいい? 薬膳料理における食材の選び方
中国古代の哲学から生まれた中医学の思想の中には、素朴な宇宙観が多く含まれています。
たとえば、太陽と月は毎日同じように東から昇り西に沈むということや、1年の中には季節の移ろいがあり、その中で植物は芽を出し、花を咲かせ、そして実になり、やがては枯れていくということを繰り返しているということ。また私たち人間を含む生き物も植物と同じように、誕生し、成長、成熟、老化を経て生死の変化を循環しています。
そういう自然界との繋がりを重視する薬膳料理だからこそ、使う食材はその季節の恵みを最大限に受けた旬のものがいちばんよいとされています。
野菜はできるだけ農薬を使用していないものを使うことで、皮やヘタまで余すことなくいただけます。またそれは皮を剥く手間や生ゴミを減らすことにも繋がります。肉類であれば、良質な自然環境で育てられた国産のものを必要な分だけ購入するとよいかもしれません。
そのような自然界との繋がりを大切に育てられた食材は味もよく、多くの調味料に頼る必要もなくなります。
薬膳料理は家庭での食品ロス対策にも繋がる?
薬膳では決して豪華なことは目指していません。むしろ少ない食材数を正しく組み合わせて調理することに重きを置いています。
たとえば、健康な人に向けて元気が出るお粥をつくるとします。そのとき、一般的に組み合わせたいのは、気を補う役割のある「補気類」と気を巡らせる役割がある「理気類」と呼ばれる2種類の食材。
代表的なところだと、補気類には米、鶏肉、椎茸、南瓜、キャベツ、芋類など全体的に甘みのあるホクホクした食材があり、また理気類には、玉葱、らっきょう、蜜柑、陳皮(みかんの皮を干したもの)、ジャスミン、蕎麦などの香り高い食材があります。
米自体が補気類であることから、白粥の中に理気類である玉葱を少量すりおろすだけでも「元気が出る薬膳粥」と呼ぶことができます(厳密にいえば味が強い玉葱は予め火を通しておく方がよい)。また「ちょっと貧血気味だな」と感じるときには、これに養血類である人参の切れ端や、冷蔵庫に余っているほうれん草を1〜2枚入れれば「血も養う元気が出る薬膳粥」になります。
薬膳の考え方に則り献立を考えるということは、自分の体調や季節に合ったものをつくるということだけでなく、食材の買い込みや廃棄を減らすことにも繋がるのかもしれません。
環境問題に対し薬膳ができること
“薬膳で体を整える” ということだけにフォーカスをして調理するのであれば、肉を魚介や卵、野菜に置き換えることができるという考えもあります。
たとえば冷蔵庫に鶏肉がない日は、鶏肉の補気の効果が期待できる、同じ補気類に属するじゃがいも、南瓜、栗や椎茸で代用してみる。豚肉がない日は、代わりに同じ血や精などを補う滋陰効果のある帆立や卵を使ってみるということ。
中医薬膳学には動物性と植物性の食材を組み合わせた食事の方が植物性の食材のみを用いた食事よりもよりパワフルな効果が得られるという「血肉有情」の概念がベースにあります。一方で、畜産業が環境に与える影響がさらに深刻化すると言われているこれから先、こうした食材の代用案は、薬膳の効果と地球環境への影響を考える際の打開策のひとつになるのではないかと感じています。
おいしくてヘルシー、そして地球環境への配慮にも繋がりうる薬膳。ぜひ一度献立づくりのベースに取り入れてみてください。
【参考文献】辰巳洋(2009)、実用中医学、源草社
アリタ チユキ
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