1日のはじまりを豊かにしてくれる飲み物、コーヒー。そんなコーヒーが作られる背景までハッピーなら、もっと幸せな気持ちでコーヒーを飲めますよね。そんな想いに全身全霊でこたえてくれる、オーガニック・フェアトレードのコーヒーロースターブランドが「スローコーヒー」です。これまでの歩み、そして設立から22年たった今、感じることは? 代表の小澤陽祐さんにお話を伺いました。
スロー社代表。NGOナマケモノ倶楽部理事。2000年にスロー社を設立し「オーガニック」「フェアトレード」「自社焙煎」のコーヒーロースターブランド「スローコーヒー」をとおして、スローなライフスタイルを提案している。私生活では2016年に岐阜県の郡上市に自宅を建て、会社のある千葉県松戸市とのWローカル2拠点生活を継続中。
きっかけは、ヒップホップと大量消費社会への違和感
小澤さんがスローコーヒーを設立したのは、大学を卒業してから2年ほどたった頃のこと。はじまりはそのさらに2年ほど前、黒人音楽のヒップホップがつないだ『スロー・イズ・ビューティフル』というベストセラーの著者で文化人類学者の辻信一さんとの出会いに遡ります。「大学生になってヒップホップに出会い『こんなに心をかき立てる音楽があるんだ!』とハマったんです。ヒップホップに込められた社会への強いメッセージ性や、黒人文化の大切な一部であることに惹かれ、最終的に卒論で『黒人音楽を日本人がどうやって受け入れたのか』について書くほど、夢中になりました。その時に知り合ったのが、大学教授で文化人類学者の辻信一さんです。『ブラックミュージックに関する本を執筆しているから』ということで、当時通っていた大学のゼミの担当教授に紹介していただき、卒論の相談に乗ってもらいました」
大学卒業後はレールの上を歩き続けるのが嫌で、フリーターとして暮らすなかで「ニューヨークのハーレムに1か月滞在しよう」と思い、アメリカで訪れるべき場所について、辻さんに相談していたそうです。その時にたまたま「面白いことを考えているので君も話、聞きに来る?」と誘われて参加したのが、当時、辻さんたちが立ち上げたばかりのNGO「ナマケモノ倶楽部」のミーティングでした。
「大人がいっぱい集まって『ナマケモノになろう』なんて言っていて最初は『ちょっと気持ち悪い……』と思ったんですが(笑)、今の大量消費社会への違和感の話はすごく共感するところがあって。その流れで『フェアトレードでオーガニックコーヒーを売る会社を立ち上げる』という話が出て『やりたい人は手を挙げて』と言われたんです。それで『こんな機会はなかなかないし……』と思って手を挙げました」
2000年、小澤さんが代表を務めるスロー社が誕生した瞬間でした。
「おいしさ」には、妥協したくなかった
スローコーヒーが始まった2000年当初は、オーガニックへの世間の認識が今とはだいぶ異なっており「オーガニックなら、おいしさはある程度我慢しても仕方ないという空気」だったそうです。でも、小澤さんは「おいしさにもこだわりたい」という強い想いがあったと言います。「設立当初からオーガニックとフェアトレードのコーヒー豆を自社焙煎していたのですが、営業担当として電話をかけると『フェアトレード、何それ?』『オーガニックはおいしくないんでしょ?』と取り合ってもらえず、悔しい思いをたくさんしました。でも、だからこそおいしさを存在意義にしたいと思い、自社焙煎に力を入れました。それで、数年後に『これがベスト』と思える豆ができ、表参道にある伝説の珈琲店『大坊珈琲店』に持っていき、店主の大坊勝次さんに飲んでいただくことに。『いい豆。焙煎も上手にできているよ』と太鼓判を押していただき、自信がつきました」
こうして、店頭での試飲会やイベント出店を重ね、少しずつ取引先や買ってくれる人が増え、今では卸先が300ほどになったそうです。筆者がよく訪れる雑貨店でも扱いがあるのですが、店長さんが「一度買ってくださったお客さんは『ここの豆じゃないと満足できない』とリピーターになってくださっていますよ」と笑顔で教えてくださいました。私も、そんなリピーターの1人です。
「救おう」ではなく、仲間をサポートする感覚
一般的なフェアトレードコーヒーでは「生産者を救おう」「生産者の手助けをしよう」という訴求の仕方が多い印象です。しかし、スローコーヒーは「困っている人を救おう、よりも抑圧されてきた人をサポートする感覚」を大切にしているそうです。「僕が日本でスローコーヒーを展開しているのは、ヒップホップの表現の1つ。抑圧されてきた人たちのことを伝える手段にもなっています。だから『作り手を助けよう』ではなく、生産者の生きざまや、彼らが暮らす森のすばらしさをポジティブな雰囲気で伝えるようにしています」
例えば、設立当初から扱っているエクアドル産の「ちょっとすごいコーヒー」は、アグロ・フォレストリーシステム(森林栽培)によって、バナナやアボガドなどと一緒に無農薬栽培で育てられたコーヒー豆です。イベントなどの販売では、この名前がきっかけとなり「何がすごいんですか?」と聞かれることが多いそう。聞かれてから初めて、フェアトレード、オーガニック、自社焙煎の話や、小澤さん自身も訪れたことがあるエクアドルのインタグ地方の美しい森の話をして「素敵な森で木を切らずに作っているので、おいしいんですよ」と伝えている、とのことです。
実はインタグの森は大企業の鉱山開発のよる森林破壊の危機に瀕しており、それに反対する現地の人々が、アグロフォレストリーシステムでコーヒー豆を生産しています。「コーヒーが売れることでインタグの森が守られるなら、どんどん売れた方がいいと思っています。ただ実際はコーヒーだけでは世界は変えられないし、コーヒーにそこまでの力はないと思っています。でも、僕たちが日本でコーヒーを扱うことが、彼らのめげない心の支えに少しでもなれているなら、すごくうれしいです。それが、僕らがスローコーヒーを続けている意味なのかな、と思っています」
死ぬまで「楽しさを大切にする」スタイルで続けていきたい
これまでのスローコーヒーの歩みを振り返り、今何を感じるかを聞いたところ、こんな答えが返ってきました。
「僕自身は、世の中がよい方向にいくようにこの仕事を選んだつもり。でも、よい方向にいっているかどうかを考えると落胆してしまうこともあります。無力さを思い知る22年でした。でも、僕らが事業としてやっていることが生産者の力になっていることを実感したり、お客さんにおいしいと言ってもらったりして『やってきてよかった』と感じる瞬間がたくさんあるので、今後もあきらめず、誰かの幸せにつながる経済圏を作り続けていきたいです。今、オーガニック、エシカル、サステナブルへの関心度の高まりを感じています。人の行動や考え方を変えることは難しいけれど、変わるきっかけを発信しつづけていきたいです」
具体的にやりたいことを聞いたところ「これまでの『つながり』という財産をフルに使って、僕らのつながりだからできることを事業展開でも表現していきたい。キーワードの1つである『友産友消』の輪もどんどん広げたいです」というコメントをいただきました。すでにオンラインショップには、スタッフが住んでいる岡山県から直送される牡蠣、スローコーヒーがリスペクトしているパン屋「ルヴァン」のパンと特別なブレンドを組み合わせたセット、小澤さんが住んでいる郡上八幡産のこだわりの野菜や山菜など、コーヒーのみならず、スローコーヒーのつながりだからこそ出せる商品がたくさん載っています。
小澤さんは最後に、サッカーにかけて、こんなメッセージをくださいました。「サッカーで当たり前にフェアプレーがおこなわれるように、コーヒーも当たり前にフェアトレードが選ばれる世の中になったらいいな、と思っています」
編集後記
小澤さんの話を聞いた後、インタビューに同席していたライフハガー編集長は「お話を伺いながら、なるほど、だからスローコーヒーさんは長く続いているんだな、と感じる瞬間がたくさんありました。ときどき、世のため人のためだけで何十年も何かを続けるのは難しいのでは、と思うこともあります。小澤さんの取り組みは大前提として『おいしいを届けたい』とか『ヒップホップが好き』という文脈があり、『自分が楽しむ』ことを大切にしていて、そこに小澤さん自身のサステナブルな生き方を感じます」と、熱く語っていました。
実は小澤さんは筆者の高校・大学の先輩でもあるのですが、楽しさと心地よいつながりを大切にするカッコイイ取り組みを今後も応援したい、とインタビュー後に改めて心に誓いました。
(文:曽我美穂、編:わだみどり)
【参照サイト】スローコーヒー
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曽我 美穂
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