ウクライナから逃れた親子を支える町 〜長野県高森町町長に聞く

長野県の南信地方に位置する下伊那郡高森町は、南アルプスと中央アルプスに挟まれた天竜川の西岸に広がる段丘の町。雄大な山並みや四季折々の景色が美しく、県を代表する地域ブランド「市田柿(いちたがき)」発祥の地としても知られています。

のどかな田園風景のあるこの町に、4月、戦火のウクライナから逃れた9人の親子がやってきました。子どもたちは保育施設や学校へ通い、母親たちも日本語教室で日本語を学びながら、この8月、ウクライナ料理のテイクアウト販売を始めました。

母国への思いを募らせるウクライナの避難者を見守りながら、町としてできることを続けてきた高森町の壬生照玄町長にお話を聞きました。前回に続き、町長の言葉をヒントに、私たち一人ひとりにできることを考えます。

高森町の壬生照玄町長

きっかけは町民から届いたメッセージ

4月30日に成田空港へ到着したウクライナの親子 ©︎高森町

ロシアのウクライナ侵攻が始まったのは2022年2月24日。それから約2週間後の3月上旬、壬生照玄町長のSNSに一本のメッセージが届きました。高森町で空手道場を運営するNPO法人日本武道総合格闘技連盟 空手道禅道会主席師範の小沢隆さんからです。禅道会は世界35カ国に支部があり、ウクライナにも約1万人の門下生がいます。

「ウクライナ支部のメンバーが戦火の中で避難者を支援している。食糧や医療、衣服などを提供しているが資金が足りない状況で、町として支援できないか」。そんな依頼があり、壬生町長はすぐに「協力する」と回答。3月9日から町内各所に募金箱を設置し、商工会や地域の商店など町をあげた協力により、わずか1カ月強で総額150万円を集めました。

ウクライナの情勢は日を追うごとに深刻さを増し、ウクライナの人々は女性や子どもを中心に国外へ避難。世界中が避難者の受け入れ支援を本格化させる中、高森町も禅道会からの依頼を受けて、日本への避難を希望する人を受け入れる準備をスタートしました。

全庁一致のプロジェクトチームを設置

5月、禅道会の小沢さんとともに記者会見を開いたウクライナの親子 ©︎高森町

「高森町では3月下旬から長野県や地元選出の国会議員、法務省、出入国管理局、外務省などと協議を始めましたが、当時は国もどうして良いのかわからない雰囲気でした。でも4月5日、ポーランドを訪問していた林芳正外務大臣が、政府専用機で20人の避難民とともに帰国し、その頃から一気に状況が変わりました」。

出入国在留管理庁によれば、ウクライナから日本に避難した人は、8月16日時点で1,736人。その大半が女性と子ども、高齢者です。政府は避難してきた人に90日間の短期滞在を認める在留資格を付与し、本人が希望すれば就労して1年間滞在できる「特定活動」の在留資格に変更できる制度を設けました。また、日本に身寄りがなくても避難を希望する人の受け入れを表明し、全国に滞在できる施設や対応できる自治体がないか呼びかけました。

高森町では、禅同会が“身元引受人”となって受け入れ準備を開始。町長は「当初30人ほどが避難すると聞き、町の研修施設での滞在でよければと返事をしましたが、最終的には避難が可能な9人の名簿とパスポートの情報が送られてきました。4月20日に全庁一致のプロジェクトチームを設置し、入国関連の手続きから渡航や国内移動の手配、住居の確保、子育て・教育・日本語教育ほか生活全般のサポートをしていく体制を整えました」と振り返ります。

8月は平和推進月間 子どもたちの平和学習に力を入れる

8月から道の駅「南信州とよおかマルシェ」で、ウクライナ料理のボルシチとピロシキを販売中

ウクライナから高森町に避難した9人は爆撃を受けた都市の一つ、ビンニツアの出身で、子ども6人と母親3人の計4世帯(うち1世帯は兄弟のみ)。禅道会をはじめ町の人々のサポートを受けて町内で暮らしています。町内にある事業所が開設した日本語学校で日本語を学びながら、子どもたちは地域の学校や保育施設に入学・入園し、少しずつ日本の生活にも慣れてきたようです。この8月からは母親ら3人が、隣の豊丘村にある道の駅「南信州とよおかマルシェ」でウクライナ料理のテイクアウト販売の仕事を始めています。

「高森町では8月を平和推進月間と定めて平和学習に力を入れてきましたが、避難者の受け入れに慣れていたわけではありません。思いだけではうまくいかないこともあり、難しい面もたくさんあります」と話す壬生町長。例えば、何か支援をしたいという町民がウクライナの親子をゲストに呼んでチャリティイベントを開くとき、親子の心身の状態に寄り添うことが大切です。また、あくまでも戦火を逃れて安心して暮らしてもらうための人道支援のはずなのに、見方を変えれば一方的なウクライナへの戦争支援と受け取られてしまうことがあります。支援の輪が広がる中、町としてできることを続けてきたつもりでしたが、「そんな現実を冷静に理解するまでに少し時間がかかったというのが本音です」と語ります。

他方、町内でウクライナの親子が買い物をしていると、何も言わずにレジでお金を支払ってくれたり、作った野菜や食材を届けてくれたり、町民たちの眼差しはあたたかいと言います。「簡単ではありませんが、またとない勉強の機会ととらえています。子どもたちや町の人と一緒に何度も話し合いを重ねながら、外国から来た人が安心して暮らせるまちづくりを目指しています」。

子どもたちの未来のためにできること

ウクライナの平和復興を支援する「ひまわり応援隊・平和の種プロジェクト」で植えられたヒマワリ。収穫した種から油を取り、販売収益をウクライナに送る

紛争の終結に終わりは見えませんが、町では引き続きできる限りのことを続けていこうと考えています。「平和」の上に成り立つ私たちの暮らしは、当たり前ではなく、世界にはウクライナ以外にもたくさんの難民・避難民の人々がいます。長らく「難民鎖国」と呼ばれてきた日本は今、これまでより素早くウクライナ避難民を受け入れ、さまざまな支援活動を続けています。連日、報道されるウクライナの惨状を前に無力感を覚える人も少なくないと思いますが、高森町の人々のように、「自分たちにできること」を模索し、動き出すことこそ大切です。子どもたちの未来のためにも、世界の惨状に思いを馳せ、今できることを考え続けていきましょう。

【参照ページ】出入国在留管理局 「ウクライナ避難民に関する情報」
【参照ページ】長野県ウクライナ避難民支援プロジェクト
【参照ページ】高森町ホームページ ウクライナ国民への人道支援
【参照ページ】難民支援協会ホームページ「日本の難民認定はなぜ少ないか?-制度面の課題から」
【関連ページ】「世界難民の日」に考える  今、わたしたちにできること

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新海 美保

新海美保(しんかい みほ)。出版社やPRコンサル企業などを経て、2014年にライター・エディターとして独立。雑誌やウェブサイト、書籍の編集、執筆、校正、撮影のほか、国際機関や企業、NPOのPRサポートも行っている。主なテーマは国際協力、防災、サステナビリティ、地方創生など。現在、長野県駒ヶ根市在住。共著『グローバル化のなかの日本再考』(葦書房)ほか