「今日はちょっといい卵にしようかな」。スーパーの卵売り場で、いつもの10個パックの隣に並ぶ「平飼いたまご」や「有機卵」に、そっと手を伸ばした経験はありませんか。お値段は1.5〜2倍。それでも、鶏にとってやさしい育て方だし、環境にもよさそう——そんな気持ちで選んでいる方は多いと思います。
ところが英国の研究チームが発表した試算は、その「やさしさ」に少しだけ複雑な事実を投げかけました。動物福祉に配慮した卵ほど、二酸化炭素(CO2)の排出はむしろ多くなりやすい、というのです。
まず、「平飼い」「有機」って何が違うの?
卵のパッケージには、いろいろな言葉が並んでいます。まずはそこを整理しておきましょう。
| 飼い方 | どんな飼い方? | 卵1kgあたりのCO2 |
|---|---|---|
| ケージ飼い(バタリーケージ) | 金網のケージで飼う方法。日本の卵の9割以上がこれ | 2.10kg |
| 改良ケージ(エンリッチドケージ) | ケージに止まり木や巣箱を足し、少し広くしたもの。EUや英国で「ケージ」といえばこれ | 1.80kg |
| 平飼い | ケージをやめ、鶏舎の中を自由に歩ける飼い方 | 2.81kg |
| 放し飼い(フリーレンジ) | 平飼いに加えて、日中は屋外にも出られる | 2.21kg |
| 有機・オーガニック | 放し飼いに、餌も有機にするなど厳しい基準を加えたもの | 3.52kg |
※CO2は「二酸化炭素換算」。英国の卵生産データをもとにした試算値です。
表を眺めると、意外なことに気づきます。CO2がいちばん少ないのは、鶏にとっていちばん窮屈なケージ飼い。そしていちばん多いのが、いちばんのびのびした有機です。ケージ(1.80)と有機(3.52)では、およそ2倍の差。鶏にとって快適な環境ほど、地球への負荷は大きくなる傾向が見えてきます(日本で主流のバタリーケージ2.10とくらべても、有機は約1.7倍です)。
なぜ「やさしい卵」ほどCO2が多いの?
カギは「効率」です。広いところでのびのび育つ鶏は、ケージの鶏にくらべて卵を産む効率が下がります。すると、同じ量の卵をつくるのに、より多くの鶏・より多くの餌・より広い土地が必要になります。研究チームによれば、卵づくりのCO2の最大の原因は、じつは鶏そのものではなく「餌(飼料)を育てる段階」。だから餌をたくさん使う飼い方ほど、排出も増えるというわけです。
さらに、放し飼いや有機は、鶏が病気やケガで命を落とす割合(死亡率)も高めです。ケージの2.5%に対し、有機では8.0%。亡くなった鶏が食べた餌や使った資源は、「卵にならなかった分」として環境負荷に上乗せされてしまいます。
でも、「ケージに戻ろう」という話ではありません
ここで大切なのは、研究チーム自身が「だからケージに戻そう」とは一言も言っていないことです。むしろ論文は、動物福祉を重んじる飼い方ほど多くの鶏を必要とし、その分だけ苦しむ鶏・命を終える鶏の数も増えてしまう——という、福祉と環境の“あちらを立てればこちらが立たず”の関係を示しています。
研究チームが本当に伝えたいのは、「ケージをやめること」そのものより「やめた先の中身をよくすること」。鶏の死亡率を下げ、餌の効率を上げれば、環境にも動物にも大きく報いる、という提案です。ちなみに卵は、お肉などほかの動物性食品にくらべれば、もともと環境負荷の低い食品とされています。「卵を食べるのをやめよう」という話ではありません。
日本で暮らす私たちは、どう選ぶ?
気になるのは、「これは英国の話でしょう?」という点ですよね。おっしゃるとおり、この研究は英国のデータが土台です。日本で流通する卵は、じつは9割以上がケージ飼い。平飼いや放し飼いは1%程度という調査もあり(認定NPO法人アニマルライツセンター、2023年)、「平飼い」「有機」はむしろ、選ぼうと思って探す少し特別な選択肢です。
じつは、ここに日本ならではの落とし穴があります。飼い方をコードで表示する義務があるEUなどとちがい、日本では飼育方法の表示は任意です。「平飼い」「放し飼い」は自主的なルール(鶏卵公正取引協議会の公正競争規約)に沿って表示されますが、明確な法的定義はなく、基準もあいまいだと指摘されています。裏を返せば、何も書かれていない“ふつうの卵”は、たいていケージ飼いということ。そして同じ「平飼い」でも、農場によって中身の豊かさにはかなり幅があるのです。
ただ研究チームは、「卵の生産方式は国による違いが小さく、この傾向は他の国にもある程度あてはまる」とも述べています。つまり、「有機だから地球にも完全にやさしい」とは言い切れない。かといって「じゃあケージでいい」でもない——鶏の福祉という、別の大切な問いが残るからです。
では、私たちに何ができるでしょうか。ひとつは、ラベルの言葉だけで安心しないこと。表示に明確な決まりがない日本ではなおさら、同じ「平飼い」「有機」でも、鶏の健康管理や餌にどれだけ丁寧に取り組む生産者かで中身は変わります。気になったら生産者のサイトをのぞいてみる、飼育の様子を公開している農場を選ぶ——うたい文句や認証マークの“先”にある作り方まで気にかけることが、ラベル頼みから一歩進んだ選び方です。
もうひとつは、「どれを選ぶか」だけでなく「どれだけ食べるか」。研究チームも、そもそもの消費量を見直すことには効果がありうる(卵を何に置き換えるか次第ですが)と補足しています。毎日の食卓で、一つひとつの卵を大切にいただく。それも立派な“選択”のひとつです。
最後に、ひとつだけ。この研究の数字のもとになった飼育データは十数年前のもので、著者自身「その後、飼育技術は進歩している」と正直に断っています。ですから「有機は2倍」という数字を、そのまま鵜呑みにする必要はありません。覚えておきたいのは数字そのものより、「動物にやさしい育て方でも、効率が悪ければ環境負荷は増えうる」という“考え方”のほう。ラベルにも数字にも振り回されず、自分が納得して選ぶ。その手がかりとして、この研究を頭の片隅に入れておければ十分です。
- 【参照URL】Martinić O, Magrin L, Caldart V, Harrison R, Hegwood M, Gottardo F, Bartlett H. “The environmental cost of welfare-driven policy changes in UK egg production.” Royal Society Open Science 13: 251830(2026年)
- 【参照記事】日本の飼育状況: / 認定NPO法人アニマルライツセンター(2023年調査)ほか
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