2025年がスタートして早くも2ヶ月になりますね。年末に麻子からのお便り「2024年を振り返って」を読み、一年のはじめに、静かにすごす時間を持てたらと思い、広く海を見渡す場所に向かいました。

大型の低気圧が近づいていて、空は見渡す限り、雲に覆われています。嵐の前の静けさなのか、風も海も穏やかですが、はるか上空からは大気のうなり声が聞こえてきます。風の向きは刻々と変化し続け、嵐が近づいていることを知らせています。
目の前の海をぼんやりと眺めていると、海面から大きなしぶきが上がりました。ザトウクジラです。
1頭、2頭、、、その後ろにはさらに2頭。心地よさそうに潮を吹き上げ、時おり大きな背中を海面に出しながら、ゆったりと海岸沿いを進んでいきます。
夏の間、プランクトンの豊富なアラスカの海でたっぷりと栄養を蓄えたザトウクジラは、秋になると、越冬のためにハワイへ向けて旅を始めます。数千キロの海を渡り、何百頭というザトウクジラたちが、旅をしてくるのです。
彼らが大海原の中で一体どのように行く先を見出し、太平洋の真ん中に浮かぶこのハワイの島々へ辿り着くのか、本当のところは分かっていません。
あらためて空を見上げると、明日には島々に暴風雨をもたらすであろう、この大気のはたらきも、やはりほとんど分かっていません。
海との時間を通して感じる自然との距離
最新のテクノロジーで大気の動きへの理解は深まり、かなり正確な予測もできるようにはなってきました。それでも予測が大きく外れることもあります。ハワイ大学で環境モデリングを研究する友人がある時、「どんな予測も、ひとつ変数を足したり、変えたりするだけで、結果が大きく変わってしまう。自然界で何がどのように作用しあっているのか、本当のところは、まだまだ分かっていないんだ」と話してくれたのを思い出します。

自然農法の第一人者として知られる福岡正信さんは、数十カ国で翻訳され、世界中で大きな反響を呼んだ『わら一本の革命』の中で、こんな風におっしゃっています。
“人間は自然を知ることができない。〜(中略)〜「自然を知っているのではない」ということを知ることが、自然に接近する第一歩である。自然を知っていると思ったときには、自然から遠ざかったのものになってしまう。
自分たちが知っている自然とは何かと言えば、自然そのもの全体を知っているのではなくて、自分の頭で勝手に解釈した自然というものを、自然と思っているにすぎないんだ。”
長年、海と共に過ごしてきて、今まさに、私も同じように感じています。
果てしなく広がる世界
伝統航海の世界に関わりはじめて20年以上の歳月がたちますが、知れば知るほど知らない世界、新しい世界が広がり、先人たちの叡智を前に、自分はまだ生まれたばかりの赤ん坊のようにさえ感じます。20年間学んでこれかと、あぜんとする一方、こんな風にどこまでも探求ができる世界に触れられているのは、幸福だなとも感じます。
伝統航海の基本はシンプルです。覚えなければならないことはたくさんありますが、技法そのものを学ぶのには、それほど時間はかかりません。その技法を使って、大海原を島から島へと渡ることもできると思います。けれど、言葉を覚えれば覚えるほど、その組み合わせで表現が無限に広がっていくように、技法としての航海術の先には、どこまでも深遠な世界が広がっています。私が心惹かれるのは、その果てしない世界の方なのです。

その世界を垣間見させてくれたのは、師であるミクロネシアの航海術師マウ・ピアイルグでした。マウは「自然とひとつになること」をまさに体現していた人であり、その生き様は、遥か古代の人々の在り様を、そのまま見せてくれているかのようでした。
身体の感覚すべてを使い「今ここ」を捉える。「今ここ」を生きる。
私にとってマウは永遠のお手本です。マウのように身体の感覚を研ぎ澄まし「今ここ」を生きたいという思いは、年々増すばかりです。
生き生きとした世界へ
それらを経て、いま、1年の終わりに感じるのは「これから世界は、日本社会はどうなっていくのだろう?」という、あまりに大きなテーマです。 — 往復書簡vol.9
年末に麻子が感じたこのテーマについて思いを巡らせたとき、一番に思い浮かんだのは、神話学者ジョセフ・キャンベルの言葉でした。
“人々は、物事を動かしたり、制度を変えたり、指導者を選んだり、そういうことで世界を救えると考えている。けれど違うんです。生きた世界ならば、どんな世界でもまっとうな世界です。必要なのは世界に生命をもたらすこと、そのためにただひとつの道は、自分自身にとっての生命のありかを見つけ、自分がいきいきと生きることです。”(『神話の力』ジョセフ・キャキャンベルより)
キャンベルは言います。
“自分の至福を追求しなさい。自分にとっての無上の喜びを見つけ、恐れずにそれについて行くことです。そうすることであなたは世界を救うことになります”と。
彼の言葉を読み返し、あらためて私が心底、喜びを感じることは何だろう、と思いを巡らせてみました。ただ胸が躍ったり心が弾んだりではない、深く静かな喜びを感じるとき。心の底から幸せを感じる瞬間。それを見出し、そこに寄り添い生きるとき、私も世界に生命をもたらす一人になれるのかもしれません。
海を越えて響きあうこと
一年間の往復書簡も、いよいよ今回が最終回です。
高知の麻子からの問いかけをきっかけに、日々の暮らしの中に散りばめられた、意識を向けなければ見逃してしまいそうな、たくさんの宝物を掬いあげることができました。これまで言葉にしたことがなかった、自分の内面に広がる景色を紡ぎだすのも、新たな気づきや発見に満ちたプロセスでした。

人が言葉を持ち、こうして海を越えて深く響きあうことができること。その喜びを体感した一年でした。
ミクロネシアに暮らすマウを初めて訪ねる前、マウの弟子であるハワイの伝統航海術師ナイノア・トンプソンが、こんな風にアドバイスしてくれました。
“Ask good questions.”(よい問いかけをしなさい)
よい問いかけをする。それは、思ってもみなかった世界を拓くきっかけになるように感じます。意図を明確にする、ということでもあるかもしれません。
ハワイと高知、これからもそれぞれの場所で旅は続いていきます。
旅の途上で、麻子がどんな喜びを見出していくのか、私自身がどんな喜びを見出していくのか。どんな問いかけをして、どんな意図を持っていくのか。まだまだ楽しみが続きますね。
連載を読んでくださったみなさん、ありがとうございました。
またどこかでお会いしましょう!
ハワイの加奈子より
photo撮影:著者(1-6枚目)
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内野加奈子

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