四国・高知県の黒潮町は、太平洋に面した人口1万人の小さな町。決してアクセスが良いとは言えないこの町に、今年5月、全国から23,000人もの人が集まり、「Tシャツアート展」に参加しました。
アート展の主催者は、「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です」をコンセプトに活動する特定非営利活動法人NPO砂浜美術館です。館長はクジラ、天井は空、BGMは波の音。町の「ありのままの風景」から美を見出す砂浜美術館の哲学は、サステナブルな暮らしへのヒントが詰まっています。
5月の空の下、「Tシャツアート展」開催
Tシャツアート展は、キャンバスに見立てたTシャツに作品をプリントして、浜辺に並べるアートイベント。老若男女誰でも出品でき、応募作品は今年も全国各地から1,000点以上にのぼりました。ずらりと並んだTシャツは、波が寄せると砂浜に写り、風が吹けば踊り出す、壮大な現代芸術作品です。
「テーマは、人と自然の付き合い方。地域資源から新しい価値を生み出すことに力を注いでいます」。こう話すのはTシャツアート展を主催するNPO砂浜美術館の理事長、村上健太郎さんです。
「砂浜美術館は町を訪れた人が町全体を美術館ととらえ、目の前に広がるありのままの風景を作品として楽しんでいただく場所です。その考え方をわかりやすく伝えるために、Tシャツアート展などの企画展を開催しています」
あえて時代に背を向けたまちづくり
「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です」――。砂浜美術館が掲げるコンセプトは、現在の黒潮町のまちづくりの基本理念になっていますが、この考え方が生まれたきっかけは、今から34年前にさかのぼります。
バブル経済絶頂期の時代、地域の若者たちが「都会を追いかけるのをやめて、あえて時代に背を向けたまちづくりをしよう」と、自分たちが楽しく暮らせる町のイメージを語り始めます。メンバーの中には大方町(現黒潮町)の役場職員として町の振興計画を担当していた人もいて、同年5月、役場の事業として初めてTシャツアート展を開催。高知のデザイナーらと協力して、長さ4キロメートルの砂浜を美術館に見立て、波が作り出す砂の造形や流れ着く漂流物、鳥の足跡などを「作品」ととらえる、新しい”思想”を生み出しました。
以来、Tシャツアート展は毎年開催されるようになり、回を重ねる中で徐々に地域の人たちにも共感の輪が広がっていきました。そして、今年からは古くなったTシャツを回収し、新たな資源(糸や紙)に変える取り組みもスタートしました。
砂浜で植物や漂着種子を見つける「植物ウォッチング」や「潮風キルト展」も
1991年からは、世界中から砂浜に届いた漂流物をアート作品として展示する「漂流物展」を開催。1995年からはらっきょうの花見が楽しめる11月に、パッチワークキルトのコンテストも実施しています。翌1996年には砂浜美術館のスタッフらが中心になり、エコツーリズム研究会を発足。地域の自然を守りながら観光資源を活用し、地域を元気にしていこうとする取り組みを進めています。
そして2003年、砂浜美術館は行政から運営を引き継ぎ、観光協会と船主会、公園管理協会の3団体と統合。NPO法人として登録し、黒潮町で最大のまちづくり組織に発展しました。
砂浜美術館では現在20人以上のスタッフが働いていて、砂浜に隣接した高知県の都市公園の指定管理業務、地域のケーブルテレビの番組制作や観光振興、地域の特産品や旅行商品の企画・販売などを手がけています。
地域内外から集まったスタッフがアイデアを出し合い、今年5月27日には、砂浜に流れ着く種や砂浜の植物などを観察するイベント「砂浜の春らんまん 植物ウォッチング」が開催されました。
何もない日常に幸せを感じられる町、それが黒潮町の魅力であり、砂浜美術館は私たちに「大切なことは何か」を教えてくれます。
【関連ページ】特定非営利活動法人NPO砂浜美術館
【関連ページ】5/27 植物ウォッチング
【関連ページ】砂浜美術館のウェブショップ
新海 美保
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