都会でも田舎でもどこででも見かける「雑草」。庭を持っている人や家庭菜園を楽しむ人にとっては、雑草は厄介な存在だと感じる人も少なくないでしょう。ネガティブなイメージがある雑草ですが、本当に悪いものなのでしょうか。京都大学農学部で雑草学を学び、土の中の微生物や土壌動物をも含めた農生態系(※)を見つめながら野菜作りをされている森田亜貴さんにお話を伺いました。
※農生態系:農耕地において、農作物やその他の生物、気象、水などの無機的要素がさまざまな組み合わせで相互に影響しあい、時間と共に変化する動的なシステムのこと
「サステイナー」の屋号で、持続可能な食と農を考えるための講習会や読書会などの事業を展開。株式会社マイファームの体験農園の自産自消アドバイザー、町田市にある「あした農場」の体験農園nou-fuの栽培アドバイザー。京都大学大学院農学研究科修了。専攻は雑草学。
雑草の役割
【前編】では、抜くべき雑草について教えてもらいましたが、なぜすべての雑草を抜いてはいけないのでしょうか。そこには生物多様性が関係しているようです。
生食連鎖のピラミッドを見ると、一番下に植物がいて、その上に草食の生き物(植食性動物)、さらにその上に肉食の生き物(肉食性動物)、頂点に肉食の強い生き物(高次肉食性動物)がいます。生物多様性が豊かであるためには、このピラミッドの底辺である植物が豊かである必要があります。ピラミッドの上と下は食う食われるの関係なので、底辺が豊かでなければ、その上の層も豊かにはなりません。
つまり、雑草をすべて抜いて野菜だけが生えている畑よりも、雑草が適度に生えている畑の方が生物多様性が豊かになります。
また、畑に雑草が存在することで地上の生物多様性が豊かになると、それらの遺体が土の表面に堆積します。この堆積物を分解する土壌生物が集まることで、土の中の生物多様性も豊かになります。
「むやみにすべての雑草を抜くのではなく、抜くべき雑草以外は放っておくことで、生物多様性のある豊かな畑を作ることができます」(森田さん)
抜かなくても大丈夫!畑の多様性を維持する雑草とは?
森田さんが自産自消アドバイザーをされている横浜さつきが丘農園の畑の中に、一際目を引くほど雑草が生い茂り、周辺を蜂や蝶などが飛び交っているエリアがありました。
【前編】で紹介したカラスノエンドウやスズメノエンドウの草むらには、ナナホシテントウムシやナミテントウムシの幼虫や成虫の姿がたくさん見られました。彼らはアブラムシを食べてくれるので、畑にメリットをもたらしてくれる益虫です。益虫とは、野菜に被害を及ぼす害虫を食べ、畑に良い作用をもたらす虫のことを言います。そのテントウムシのすみかになっているのがカラスノエンドウやスズメノエンドウなのだそうです。
害虫のすみかになったり、病気の温床になるから草は刈りましょうという考えの方もいますが、害虫だけでなく、益虫や、害も益もない「ただの虫」も草の中に住みつきます。そうした点で、雑草は害虫を食べてくれる益虫のすみかになったり、畑の生物多様性を豊かにしてくれます。
「もちろん畑というのは自分たちが食べるものを育てる場所なので、自分たちが収穫物を得られるような手入れをしなければいけませんが、雑草をすべて抜いてしまう必要はないと思っています」(森田さん)
雑草をすべて抜くとなると管理も大変ですが、抜くべき雑草を把握しておき、それだけを抜くようにすれば、雑草管理も楽になるとのことでした。
効率と収量を確保することを優先した現代農業
筆者は、家庭菜園の経験はほとんどないのですが、昔学校の授業で野菜を育てた際に雑草はすべて抜くよう指導された記憶があります。そもそも、なぜ雑草はすべて抜いた方が良いというような考え方が主流なのかを聞いてみました。
まずは、戦後の混乱期から高度経済成長期にかけて、大勢の胃袋を満たすための食料増産という大命題があったと森田さんは言います。
「確実に収量を増やし、品質を高めることも必要だったので、国も研究機関もどうしたらよりよく育つかを追求し、野菜の生育にとってプラスになるよう肥料をきちんと施して、害虫や病気、雑草のような野菜の生育にマイナス要素になりそうなものはすべて除くという発想になりました」(森田さん)
もちろん、そのおかげで私たちが飢えることなく育つことができたことを考えると、一概にそのやり方を否定することはできません。「とはいえ、環境問題や生態系に目を向けていく必要性も大いに感じています」と森田さんは続けます。
「欠けていたのは持続可能性の視点です。外から永久に肥料を投入しなければならず、悪いと思われる虫は取り去るため、生き物の関係性をすべて壊してしまいます」(森田さん)
その結果、本来なら害虫を食べてくれる別の生き物が来るはずなのに、それを阻止してしまいました。結果として、害虫が発生したら人の手で永遠に取り除かなければならなくなってしまいました。こうした現状があるからこそ、今、家庭菜園の存在が、人や社会にとって大切な場所になると森田さんは言います。
「家庭菜園では、規格の揃った野菜である必要はなく、見た目がきれいである必要もありません。根こそぎ雑草を抜いて、雑草が生えないようにすることは、土の中で雑草の根の周りにいる微生物にとっては大惨事です。野菜や果物の生育に被害が及んでしまう雑草は抜く必要がありますが、そうでない場合は放っておいて雑草が枯れていくのを待つことで、土の中にいる微生物は雑草が枯れてきたことに気づき、自らの生育をコントロールできます」(森田さん)
そもそも雑草に興味をもったきっかけは?
雑草について大学時代から勉強を続けている森田さんですが、そもそも雑草に興味をもったきっかけは何だったのでしょうか。
「もともと食べ物に興味があり、大学は農学部に進学しました。講義や実習を通じて、作物の生育に関わる因果関係や技術の理論をたくさん学びましたが、学んでいるうちに、そもそも自然界の植物はどのように育つのかということに興味を持つようになりました。そのため、専攻を決める際に、作物以外の植物についても幅広く学べる雑草学の研究室に入りました」(森田さん)
雑草学とは?
雑草学とは、そもそもどのような学問なのでしょうか。昔は雑草という概念はなかったそうです。家畜の餌だったり、肥料であったり、燃料であったりと生えている草はすべて資源として利用していたからです。
「農業技術の進歩の過程で、農作物をより効率よく、より多く、より高品質のものを収穫するにはどうしたらよいか考えるようになり、そのために邪魔になる存在、つまり雑草を減らすことに農家はものすごい労力や時間を費やしていました。その労力や時間を減らすためには雑草のことをきちんと知らなければならず、あらゆる視点から雑草をつきつめる、雑草学という学問が発達しました」(森田さん)
雑草の知識を家庭菜園に
大学で雑草学を専攻し、植物〇〇学と名のつく学問は一通り学んだ森田さんですが、どのような経緯で体験農園マイファームの自産自消アドバイザーをされるようになったのでしょうか。
「私は社会人にならずに主婦になりました。家庭の中には、衣・食・住・教育・医療・介護といったさまざまな機能があります。私は家庭の中でさまざまな役割を果たすことができる主婦になりたいという思いから主婦になりました」(森田さん)
主婦をしている間も森田さんは雑草の観察を続けており、農家や専門家、一般の人が同じ雑草を見ていても反応がまったく異なることや、一般の人にとって雑草とはどの程度のものかを実感する経験が何度もあったそうです。
そして、子育てが少し落ち着いた2016年に縁あって株式会社マイファームに入社し、自産自消アドバイザーとして働くようになりました。
森田さんが学生だった頃は、化学肥料や化学合成農薬を使用せず、農業生産における環境負荷をできるだけ低減する、いわゆる有機農業はまだ世の中全体にあまり受け入れられていない時代でした。しかしこの20年間で有機農業はさまざまな方向に広がりを見せています。
その一方で、畑を植生として捉え、雑草をむやみに抜いてしまうことで土の中を含む農地の生態系が壊れることを意識し、植生の変化について体系的に話せる専門家は少ないと感じたそうです。
長年研究を続けてきた人達と肩を並べて雑草のスペシャリストになるのは難しいですが、家庭菜園における有機栽培や、そこでの雑草管理のスペシャリストなら目指せるかもしれないと感じているそうです。
「私の一番の強みは、家庭菜園をしている一般の方が雑草を見るときに何が見えていて、何が見えてないかということがぼんやりとわかることです。その部分をどうわかりやすく伝えていこうかを常に考えています。
「自然のことを考え、農生態系を考慮した場合、家庭菜園では慣行農法のようなやり方をせずに、できるだけ環境負荷をかけず、雑草の根の周りにいる微生物や土壌動物を含めた生態系を考えながら行っていく選択肢を提示できるようにしていきたいです」と話してくれました。
編集後記
雑草は抜くべきものだと思っていた筆者にとって、むやみに雑草を刈ることで、目に見えない土を含む農生態系が壊れてしまうことを心配していた森田さんの話はとても印象に残りました。
もちろん、抜かないで放っておくと辺り一面がその雑草で覆い尽くされてしまうような繁殖力の強い雑草もあるので、見分けができるように知識をつけていく必要があります。しかし、育てたい野菜の邪魔にならない雑草はそのままにしておくことで、生態系への影響を減らしながら家庭菜園を楽しむことができると感じました。
農生態系を見つめる専門家の視点をもつ森田さんのような自産自消アドバイザーの存在は、家庭菜園初心者だけでなく、ベテランの方にも新たな気づきを与えるでしょう。
体験農園マイファームは、農薬や化学肥料を使わずに野菜作りを実践できる貸し農園です。すべての農園にアドバイザーがいて、家庭菜園に必要な知識やノウハウを教えてくれます。家庭菜園に興味がある方は、ぜひお近くのマイファームの農園に足を運んでみてください。
- マイファーム横浜さつきが丘農園
〒227-0053 神奈川県横浜市青葉区さつきが丘37番3
※見学は随時受付、公式サイトからの予約が必要です。
※アドバイザーの出勤は、サイトのカレンダーでチェックすることができます。
【参照サイト】体験農園マイファーム 横浜さつきが丘農園
【関連ページ】【畑の雑草とは?前編】
【関連ページ】「自然農」とは?農園アドバイザーに聞く、自由に楽しむ家庭菜園とハーブ栽培
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