夏の暑さもピークに達し、毎日暑い暑いと言いながら過ごしています。
毎年スイカをたくさん食べるのですが、今年は庭で3つも採れました。
夏は旅の季節。
ホクレア号で数千kmの海を旅する加奈子が、前回の手紙で書いてくれた「生命のスイッチ」のことを、ずっと考えています。
過酷な環境ともいえるのに疲れが出ないのは自分でも不思議です。でも、もしかしたらそれは、海で「生命のスイッチ」が入るからなのでは?と思っています
「生命のスイッチ」が入る場所
「生命のスイッチ」のメカニズムをこんな風に説明してくれて、「なるほど…!」と膝を打ちました。
私たちは日々、屋根のある家に暮らし、雨や風から身を守る必要もありません。水や食べものを得るために、毎日水汲みに行ったり、森に出かけたりする必要もありません。それでも私たちには、全身の感覚を研ぎ澄ませるときにこそみなぎる、生き生きとした生命力のようなものがあるのでは、と思うんです。
海ですごす過酷な時間や、氷のような海に飛び込んで「全身の感覚を研ぎ澄ませるときにこそみなぎる、生き生きとした生命力のようなもの」。思考ではなくて、まさに体感ですね。五感をめいっぱい使うことで「生命のスイッチ」がいつのまにかオンになり、普段使っていない感覚がひらかれていく…そんなイメージが浮かびます。
長い航海や、アラスカの氷河の水に飛び込むような、ダイナミックな体験で発動される「生命のスイッチ」。一方で、私が近所の滝や川で感じる、あのなんとも言えない感覚も「生命のスイッチ」が入った状態なのかもしれません。
大海原で自然と向き合う時、近場の川でのささやかな時間、どちらも等しくいのちが躍動する体験ができる。 そう考えると、自然のある場所に行くことがカギなのかな、と思います。
学生時代のバックパック旅行
そういえば、学生時代はよく一人で海外に行っていました。バックパックを背負って、飛行機は南回りの格安航空券。宿泊先も決めず、行き当たりばったりの自由な旅。
観光名所を回るよりも暮らすように過ごすのが好きなので、朝は市場へ。果物やパンを買って、目的地を決めずに町を歩き、疲れたらホテルに戻って一休み。そして、夜は劇場へ。ヨーロッパはクラシックのコンサートが毎晩のように開かれていて、日本よりもずっと安かったのです。
当時はヨーロッパの往復チケットがたしかオフシーズンで6万円ほど。燃料サーチャージもなく、1ユーロ120円くらいの時代のことです。学生がバイト代をためて気軽に海外旅行ができた時代でした。
自然豊かな高知に移住してからは、近場で楽しむことがぐんと増えました。たとえば、近所の滝や川。そう、加奈子が高知に来てくれた時に一緒に行って、ハワイのチャントを詠ってくれたあの場所です。
自宅からたったの数キロ離れた場所でも、自然の中に身を置くだけで気分が変わります。流れる水を眺めたり、大きな岩の上に寝そべったり、暑い日には川で泳ぐことも。そんなとき、何とも言えないまっさらな清々しい気持ちになります。
自分と向き合う時間を求めて旅に出る
それでもやっぱり「どこかに旅したい」と思うこともあります。
たとえ1泊であっても、日常を離れることで「自分と向き合う時間」が生まれる。一人で過ごすことで、普段とは違う感覚 ―新鮮だったり、心細かったり― を味わうのも旅の醍醐味。友人やパートナー、家族との旅も楽しいけれど、それとはまた違う、様々な感覚や感情を感じるための旅。そんな旅が自分には必要な気がしています。
実はずっと行きたいとも思っている場所が2か所あります。
ひとつ目の場所は、シッキム 。
シッキムはインド北東部の州で、ブータン、チベット、ネパールと隣り合う地域です。50年ほど前にインドに統合されましたが、いまでも独特の文化が息づいています。この土地に行きたい理由のひとつは紅茶。私は毎朝紅茶を飲むのですが、シッキムの紅茶が一番好きなのです。清冽な香りと、高貴さと力強さ。この紅茶が生まれる土地は、いったいどんなところなんだろう?
なにしろ遠くて交通手段が少ない場所です。もしかしたら行くことはないかもしれない…それでもシッキムへの旅を思うだけで、胸がいっぱいになります。
理想は「遠くの友を訪ねる旅」
もう1か所は、太平洋を越えた先にある島。そう、加奈子が住んでいるハワイです。
ハワイのダイナミックな自然と海、人々の暮らし。想像するだけでもわくわくします。
加奈子のお気に入りのビーチで朝も夕方も過ごしてみたい。市場やスーパーで買い物をして、キッチンで一緒に料理ができたら、もう最高です。
そんなことを考えながら、わたしにとっての「生命のスイッチ」がもうひとつあることに気づきました。
それはずばり、「おしゃべり」です。
友とのとりとめのない会話は、私にとって「いちばんのごちそう」。ちょっと大げさに聞こえるかもしれないけれど、「生命が躍動する時間」です。思ったこと、感じたことをことばにすること。そのやりとりを通じて、お互いの間で何かが響き合うこと。お互いの暮らしのことから、社会のこと。今考えていること、ずっと考え続けていること。そんなことを自然の中で話せたら。
どんなささやかな会話であってもいい。ことばを交わす時間が、なによりも私を生き生きとさせるのです。
そう、私の理想の旅は「友を訪ねておしゃべりすること」なのです。
様々な旅のかたち
今回の手紙を書きながら、「自分の願う旅」を想像することも、「ひとつの旅」なのかもしれない、と気付きました。想像して、わくわくして、旅のディティールを思い描く。それは、実現してもしなくても、幸せな旅の時間だと思うのです。
加奈子のホクレア号での航海は、「大いなる旅」のイメージです。 広い海を、風と星を読みながら進むカヌー。自然のサイクルを頼りに、そこに自分の感覚を重ね、ときに迷いながら、「大いなる力」に導かれていく旅。
港に立ち寄るたびに、祝福される加奈子とクルーたちの姿を想像します。
今頃はきっと船の上ですね。とびきりよい風が吹きますように。
高知の麻子より
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服部麻子
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