山頂の音楽イベント「酒とアルプス」で、絶景に身をゆだねる

澄み切った空の青さがまぶしい11月初旬、2日間にわたって「酒とアルプス」という音楽イベントが開催されました。会場は2つのアルプスと日本一の谷「伊那谷」が一望できる、標高1,445mの山の上。太陽の光によって刻々と変わっていく絶景を眺めながら、地元の酒蔵やレストランが手がけるこだわりのお酒と食事を堪能できる、かつてない新しい音楽の祭典です。

地元の酒とこだわりの料理、風のような音楽

音楽イベント「酒とアルプス」の会場は、長野県南部に位置する中川村の陣馬形山(じんばがたやま)にあります。東京の都心部から約4時間弱、周辺の名古屋からも2時間以上かかりますが、絶景のキャンプ場として、知る人ぞ知る人気スポットです。


陣馬形山の山頂までは車で行くことができます。午前11時、酒とアルプスの会場に着いて、まず目に入ってきたのは、広い空とアルプスの絶景、そして足湯とコタツ。なんと山頂に、薪ストーブで温められた足湯スペースと、畳敷の台の上に置かれたコタツが並んでいるではありませんか。冷えた足先をお湯の中に入れながら、より開放的な気分でアルプスの絶景に身をゆだねます。徐々に増えていく周囲のお客さんとの会話もはずみます。

「捕った命は全て肉」という信条のもと、鹿料理などを提供する「ざんざ亭」の一皿

お昼ごはんの時間が近づくと、会場内のお店がにぎやかになってきました。出展するのは、地元・中川村を中心にこだわりのお酒や料理を提供している酒蔵やレストランなど。お酒は、陣馬形山の伏流水を使った日本酒「今錦」、中央アルプス駒ケ岳の伏流水を使った「マルスウイスキー」、ワインなど信州産を中心に、世界のクラフトビールも販売されています。料理は、隣町の伊那市長谷の“山師料理人”が手がけるジビエ料理や中川村のアジア食堂「アデュマン」のスパイスカレー、自然の循環の中で育った豆を独自の方法で焙煎する炭焼きコーヒーなど、こだわりの逸品ばかり。

そして、「絶景の中で聴きたい音楽」をコンセプトに、音楽家が奏でる音楽も、山頂からの景色をより一層、美しく演出してくれます。中でも中川村の音楽家、テンジン・クンサンさんは、ダライ・ラマ法王設立のチベット舞台芸術団(TIPA)に所属し、あらゆるチベット伝統芸能をカバーするアーティスト。祈りの音楽の継承者として活躍する彼の音楽は、伊那谷の風とともに会場を吹き渡り、心が洗われるような感覚になります。

マイグラス持参でもらえる500円チケット

「絶景」に価値を置き、それを楽しむためのハード、ソフト、全てが一つのエンターテイメントになるよう演出された「酒とアルプス」。焚き火でパンをつくるワークショップやキッズスペースなど誰もが楽しめるよう配慮されている点も魅力です。キャンプに不慣れな人も安心して過ごせ、ベテランキャンパーも普段のキャンプ場とは異なる楽しみ方を堪能できる空間です。

手作りの木のおもちゃやお絵描き用のアクリル板などが設置されたキッズスペース

入場券は3種類。日帰り入場券3,000円、キャンプサイト宿泊は入場券+5,000円(大人)、麓の旅館「望岳荘」宿泊は入場券+8,800円(大人)で、いずれもイベントで使える500円券がついてきます。良心的な価格設定ですが、さらにマイグラス持参で、もう一つ500円券がもらえます。

ちなみに、入場券をオンラインで事前購入するとき、「※マイグラス持参に関して」という但書から、イベント主催者のこだわりが垣間見えます。

本イベントでは、お酒は香りや口当たり、温度変化などの観点から、紙コップやプラカップではなく、しっかりとしたグラスで美味しく飲んでいただきたいと考えております。以上の理由より紙コップ、プラカップ以外のマイグラスをお持ちいただいた方に限らせていただきます。

水源の森「陣馬形山」から伝えたいこと

「酒とアルプス」は、2022年11月の初開催以来、今年で2回目となります。昨年は1日だけのイベントでしたが、来場者の“体験の質”を重視して、「もっとゆっくり過ごしてほしい」との思いから、今年は三連休のタイミングで2日間、開催。山頂の小さなキャンプ場のため、周囲への影響やイベントの“質”にもこだわり、人数を制限しています。

目指すのは、会場を訪れた人だけでなく、地域へのポジティブインパクトを増やし、ネガティブインパクト(オーバーツーリズム等)を減らしていくこと。これは、陣馬形山キャンプ場の運営コンセプトを継承しています。

陣馬形山の山頂から見える「伊那谷」。南アルプスと中央アルプスに囲まれた谷で、日射量は沖縄に匹敵

陣馬形山キャンプ場は無料の公設キャンプ場として、これまで中川村役場が運営してきましたが、近年のキャンプ人気やアニメ『ゆるキャン』に紹介されたことなどから、オーバーツーリズムによる課題が浮上。周辺の自然環境や施設、住民への負荷が目に見えるかたちで現れてきました。

そこで、2021年から陣馬形山キャンプ場は民間とのコラボレーションによる運営に切り替わります。地元の住民や地域内外の若者たちも集まり、サービスの改善を追求して有料化に踏み切るとともに、古くから続いてきた里山の暮らしを安定的・持続的に守っていけるよう、地域の魅力発信にも力を入れています。

「地域の課題解決は、地元の方々と訪れるみなさんとの協働なくしては成し遂げることができません。ともに楽しみながら、みんなが愛するこのスペシャルな場所を未来に手渡していきましょう」。これは「酒とアルプス」のオンラインチケットを購入するときに、表示されるメッセージです。

イベントの途中で足湯に投入されたリンゴ

地域の人々にとって、陣馬形山は昔から大切な水源であり、ご神体であり、祈りの場でしたが、近年、人口減少に伴う消費活動の減少や人手不足によって、里山の荒廃が課題となりつつあります。「再び山を守り、植生を豊かにしたい。そして、里山にもう一度、持続的に人が住んでいける状態を復元したい」。陣馬形山キャンプ場を活用した「酒とアルプス」は、そんな思いをきっかけにスタートしたイベントでもあります。

私たちに強いインスピレーションを与えてくれる陣馬形山。この場所を活用していくことで、訪れる人々の心が回復・進化し、持続可能な社会の実現につながることを願っています。

【参照サイト】陣馬形山ホームページ
【参照サイト】「酒とアルプス」イベントページ
【参照サイト】中川村ホームページ

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新海 美保

新海美保(しんかい みほ)。出版社やPRコンサル企業などを経て、2014年にライター・エディターとして独立。雑誌やウェブサイト、書籍の編集、執筆、校正、撮影のほか、国際機関や企業、NPOのPRサポートも行っている。主なテーマは国際協力、防災、サステナビリティ、地方創生など。現在、長野県駒ヶ根市在住。共著『グローバル化のなかの日本再考』(葦書房)ほか