「一人じゃないと伝えたい」。精神科の看護師が描く子どもたちの心の葛藤

新型コロナウイルスの感染拡大に終わりが見えない中、社会は急速に変化し、私たちの心に大きな影響を与えています。厚生労働省の調査によれば、2011年の精神疾患の患者数は約320万人、2017年は約419万人。さらにこのコロナ禍でうつの症状などを訴える人が急増していると言われます。

慢性疾患の患者の中には子どもと暮らす“親”もいますが、病気の親をもつ子どもは、家事や家族の世話などに追われ、「ふつうの生活」ができないつらさを抱えています。見えにくい彼らを支えるには、どんな方法があるのでしょうか。

精神障がいや心の不調を抱える親と暮らす子ども、感覚過敏や不登校の子どもなどさまざまな事情で苦しむ子どもたちを応援するアーティストの作品が、その答えを見つけるためのヒントを与えてくれます。精神科の看護師でアーティストの細尾ちあきさんと医師の北野陽子さんのユニット「プルスアルハ」が手がける絵本やアプリは、「必要だけどこれまでなかった」企画を通じて、精神保健に関する情報の普及に取り組み、子どもたちを支えています。

「お母さんが 泣いている どうしよう」

「お母さんが 泣いている どうしよう」。絵本『ボクのせいかも… ―お母さんがうつ病になったの―』(ゆまに書房)は、下を向いた女性が涙を流すシーンから始まります。主人公の男の子は、母親の元気がなくなり、いつもと違う味のカレーを食べたり、祖母の家で過ごす時間が増えたり、生活の変化に困惑していますが、聞いてはいけない雰囲気を感じて黙っています。でもある日、お母さんの変化は病気が原因だと理解し、ちょっぴり安心するという物語です。

絵本は、元精神科の看護師、細尾ちあきさんと医師の北野陽子さんのユニット「プルスアルハ」によって制作され、親がうつ病になったときの子どもの気持ちの理解とかかわりをテーマにしています。2012年の刊行を皮切りに、うつ病に加え、統合失調症やアルコール依存症の親をもつ子どもたちの気持ちに寄り添うシリーズ「家族のこころの病気を子どもに伝える絵本」を4冊出版。家庭内不和や不登校、感覚過敏などさまざまな理由で苦しむ子どもが主人公のシリーズ「子どもの気持ちを知る絵本」も3冊出版しました(作品一覧)。

どの本も、前半は子どもの視点の物語、後半は解説で構成され、子どもの気持ちやかかわりのヒント、相談先リストなどがまとめられています。主な読者対象は、親や家族、養護教諭、スクールカウンセラー、ソーシャルワーカーなど子どもとかかわりの深い人のほか、小さな子どもでも読みやすい表現で描かれています。

子どもの気持ちを理解する一助になれば


「一人じゃないよ。あなたのせいじゃないよ。人知れず悩んでいる子どもたちに、そう伝えたいのです」

穏やかな口調でこう話す細尾さんは、かつて落ち着かない環境で育った自身の経験や勤務先の診療所などで出会った子どもたちのことを思いながら、絵本の原案からイラスト制作まで手がけています。

親が精神障がいを抱えたとき、子どもは「具合が悪いのは自分のせいかもしれない」と一人で悩んでしまうことが多いと言います。でも、親が病気であることを友だちや教員に話すのは難しく、状況を理解できないまま孤立を深めてしまうケースが少なくありません。「厳しい状況にある時、学校や図書館でこの絵本を手に取って読んでみたら、自分の家と同じことが書かれている。自分だけじゃない、話してもいいんだと気づいてほしいのです。子どもの周囲にいる大人にも、子どもの気持ちを理解し、かかわり方を考える一助としてもらえたらと思います」と語ります。

プルスアルハでは、絵本だけでなく、オリジナルアイテムの制作にも力を入れ、子どもたちへ着実に届く方法を模索しています。今年2月、事典アプリ『おたすけことてん』(開発販売元:エルワイス株式会社)をリリースしました。「自分を守る」「家と家族のこと」「学校生活」「ごはん」などのカテゴリーに分類され、今を乗り切る知恵が詰め込まれています。「いつでもアプリを開いて、お守りのような存在になれば」と北野さん。8月には、気持ちや体の不調などをイラストと言葉で表現する『こころとからだ コンディションカード』(合同出版)の発売も開始しました。保健室や病院で活用されたり、子どもが自分の気持ちを客観的にとらえるきっかけにしたり、それぞれに合った方法で使ってもらうことで、誰もが安心して生きられる社会を目指しています。

プルスアルハについて

2012年に個人事業所としてプルスアルハを立ち上げ、3年間で7冊の本を出版。2015年にNPO法人ぷるすあるはを設立し、総合情報サイト「子ども情報ステーション」を開設。病気や障がいの特徴、ケアの方法などをイラストでわかりやすく伝え、小中高生、大人、学校の先生などそれぞれに向けて各々がどんな方法で精神障がいや困難と向き合っていけばいいか、解説している。無料でダウンロードできるイラストのコミュニケーションツール全国の相談窓口・支援制度なども掲載している。

「もっとたくさんの人に絵本を届けたい」。そんな思いから、各地で絵本原画展を開催しているほか、絵本を広げる協力者を公募する「絵本で届けるこどもこそだて応援プロジェクト」も展開。2022年、「やなせたかし文化賞」大賞を受賞。

【参照サイト】子ども情報ステーション by ぷるすあるは

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新海 美保

新海美保(しんかい みほ)。出版社やPRコンサル企業などを経て、2014年にライター・エディターとして独立。雑誌やウェブサイト、書籍の編集、執筆、校正、撮影のほか、国際機関や企業、NPOのPRサポートも行っている。主なテーマは国際協力、防災、サステナビリティ、地方創生など。現在、長野県駒ヶ根市在住。共著『グローバル化のなかの日本再考』(葦書房)ほか