暮らし紡ぎ人がつくる、シンプルで本質的な小住宅とは?

2020年に始まった新型コロナウイルス感染症が、世界中を激震させたことは記憶に新しい。休業を余儀なくされ、事業転換に至った企業もあった。それとともに、家で過ごす時間も増え、「心地よい過ごし方」について本気で考えたのも、初の機会だったのではないか。

自分や家族にとって、「家」とは、「豊かな暮らし」とはなんだろう?そう、改めて思っている人も多いだろう。

家は、日々の英気を養いゆるむ場所。そんな人々の「暮らし」に寄り添いながら、「シンプルで本質的な小住宅」を手掛けるのは、兵庫を拠点にする「設計事務所 春摘(はるつみ)」代表の、一級建築士・和田純さんだ。

「ロングライフを前提としてつくられた良質な家は、住まい手を変えながら、適切なメンテナンスによって80年以上住むことができます。一軒の家のライフサイクルが伸び、住居のサイズ自体を小さくすることで、建築ごみを劇的に減らすことができるんです」

和田さん

和田さんは27年間に渡り、主に国産の木材を使用した自然素材の住宅を設計。設計は、基本的に同時進行せず、ひとつひとつの家族とみっちり向き合うスタイルをとってきた。

新築・改装を含め、和田さんがこれまで手がけた数は50プロジェクト。その間、自身の二度の出産と子育てを経験。産む直前に設計図書をまとめあげ、出産と同時に基礎工事を開始、生後2か月の乳児を連れて工事現場に通った時期もあるという。

「耐久性を考慮した小さな木の家を建てることは、自然の循環につながる」という和田さん。

この記事は、2年前に筆者が和田さんに出会ってから今まで、重ねてきた対話をまとめたものだ。

「今の時代に適正な家の大きさ」や、「暮らしづくりとしての設計」、「山の循環について」を、和田さんのお話をもとに考えていきたい。

一級建築士・和田さんが設計された、服部雄一郎・麻子邸の前で

「新築時にどんな基礎・構造の家を建てるか」が重要

2019年、同時期となった二つのプロジェクト。それらが、長年、設計キャリアの中にいた和田さんの大きな気づきとなる。「サステイナブルに暮らしたい」の著書である服部雄一郎・麻子さんの住まいの設計、そして自らの手により一年がかりで大規模改修した、築60年の小さな古家「とある小屋 a hut」のDIYプロジェクトだ。

「戦前に建てられた家屋は、木・土・ステンレス・石などの無垢素材が主で、解体時には土に還るものが多く、ごみはほとんど出なかった。しかし、高度経済成長期以降、複合建材(プラスチックや木材などをボンド等で接着)が多く使用されるようになり、ごみとして捨てられる量はかなり増えました。今、その処分方法が課題だといいます。家を30〜40年で壊して新築する、そんな使い捨ての感覚ではなかったでしょうか」

大工さんの知恵や力も借りつつ、できる限り自らの手で、時に家族や友人に助けられながら1年以上の時間をかけて大規模改修したという、「とある小屋 a hut」。解体すればするほど、基礎や架構に補修・修繕が必要な箇所が見つかり、工事費は想定の3倍となった。

部分解体のこのプロジェクトでさえ、廃材は3トンにものぼった。1週間、日になんども片道40分ほどかかる資材センターへ、軽トラで廃材を持ち込んだ。家一軒の最期に想いを馳せながら、解体ごみの量の多さと、設計者の社会的責任を改めて痛感した。

廃材運び出しの様子

自身で設計した新築が、プロの手で地盤・基礎・木構造・設備などの全ジャンルにわたり、きっちりと施工されていく様子を(自身のDIYと同時期に)監理したことで、より強く確信したことがあるという。

「小さな古家の改修において性能向上の圧倒的な限界を知り、それに伴うコストの膨大さを実感する中で、『シンプルで本質的な小住宅』こそが、私が作りたい建物であり、また必要とされている建物だと気づいたのです」

小さくて良質な家を選択肢に

新築時に良質な材料でよく考えて作られた建物が長持ちするのは百も承知だ。一方で、無垢の良質な素材を使った住まいは、それ相当の単価になる。現実的に、予算との折り合いはつくものなのだろうか。率直な声が聞きたくて、尋ねてみた。

和田さんは、ほとんどすべてのプロジェクトで「クライアントの予算と夢の折り合い」に文字通り四苦八苦した経験から、彼女なりの答えを用意していた。それが、和田さんが目指す『シンプルで本質的な小住宅』の考えにつながる。

「小人数世帯にとっての最適サイズの家は今の平均床面積の半分、もっといえば 1/3でもいいかもしれません(つまり40〜60平米)。仮に同じ予算で床面積が小さくなればそのぶん坪単価をあげることができます。ボリュームを抑えれば質をあげられるのです」

家のボリュームが抑えられれば質をグレードアップさせることができる

ここで、家の大きさについて触れていく。現在、国内で新築される家の平均的な大きさは125平米。「この大きさは現代の少人数世帯にはそもそも大きすぎます。4・5人家族に適した広さです」と、和田さんは言う。

和田さんがつくりたいと語る、「シンプルで本質的な小住宅」。1950年代には 5.0人だった平均世帯数は、直近の調査では 2.37人に減少している。1人〜2人暮らし世帯が全体の過半数を占める現状を鑑みるに、家のサイズそのものを見直す時期がきているといえるだろう。

小さくて広がりを感じる内部空間、明解な間取り。頑丈な構造、ベーシックな設備、温熱環境設計、 ロングライフ。健康的な暮らし、居心地のよさ、屋内と屋外のつながりや自然を感じる暮らし──良質な無垢の素材でできた家は、経年変化が「手放したいときに売れる魅力」となる。そんな家が、サイズが小さくなった時に、より実現可能となってくるという。

「ロングライフを前提としてつくられた良質な家は、住まい手を変えながら(適切なメンテナンスを前提に)80年以上住むことができます。一軒の家のライフサイクルが伸びることと、住居のボリューム自体が小さくなることの両側面から、建築ごみを劇的に減らすことができるのです」

服部家。構造材は13立米

杉に魅了されて。森と循環する家づくり

服部邸の設計プロセスの中で、木造の製造時エネルギーの小ささや、杉材の断熱・蓄熱・調湿・鎮静効果、風土に即した建材、自然循環のサイクルにのっとった素材の良さを再認識した和田さん。

そこで、構造材としてはもとより、外壁、内壁、床、壁、天井の大半、建具、家具材、つまり目に見えるほとんどのパーツに、杉を用いる試みをした。今までの事例の中でも、際立って杉材の使用量が多かったという。「国産の、地場産の杉ひのきを積極的に住まいに多用し、住む人も林業もハッピーにしたい」というのが、和田さんの考えだ。

和田さんがここまで国産杉にこだわるのには理由がある。戦後の植林計画の中で、大量に植えられた杉ひのき。今、これらの木材は使用されるのにふさわしい大きさまで育ってきた。一方、原木価格は、ウッドショックの影響をうけてもなお、まだまだ安すぎる水準で推移していると言われている。

林業は、国の環境や保安に直結した大切な役割があるにも関わらず、「木を切れば切るほど赤字」といわれるほど、大変深刻な状況になっている。この問題に対して、建築士としてできることはあるか?と、和田さんは折にふれ考えてきた。

「長期間、大切に育てられた木を長持ちする家として使用することは、設計者の責任です。良質な住まいを、もう少し広い裾野に届けるスピード感を持ちながら、国産材、地域材を少しでも適正な価格に近づけるシステムを考えたいんです。また、山側、林業の現場をエンドユーザーに、見て知ってもらう機会をつくることも重要です」

後世のためにと、山で長期間にわたり手入れされた杉ひのきで良質な家を設計し納める。その仕事の中で世界に誇れる日本の大工技術が継承され、居心地良い家に住む人は幸せになり、その家は長きにわたり住みこなされ、寿命を全うしたあとはできる限り土に還る。

一周すると100年をはるかにこえるそんなサイクルを取り戻していけるよう、自分なりにここから取り組んでいきたいと和田さんは語ってくれた。

和田さんの構想する100年循環サイクル

できあがった服部邸の空間は、和田さんが想像していたよりも、すっきりと、かつ温かみがあり、何よりも居心地の良さや柔らかさを五感で感じられるものとなった。

設計事務所の屋号である「春摘」は、鳥取で林業を営んでいた祖父母の旧姓。小学生時代の夏休みは、祖父母宅でよく過ごした。毎日のように山へ向かい、枝打ちをする祖父のかたわらで本を読み、ブヨに刺されて脚を腫らしながら杉の生い茂る山の斜面で過ごした原体験も、思い返せば和田さんのルーツになっている。夏の山、そびえ立つ杉の木々、その足元のひんやりとした静かな感じや空気感を、今でも覚えているという。

鳥取県智頭杉の森

設計を教わった師匠、三澤氏は木が大好きで、常に林業に心を寄せ、30年前から「産直で山と住まい手を結びつける」そんな建築家だった。阪神・淡路大震災で「木造は地震に弱い」という声が出たとき、日本の木造建築の衰退に強く危機感をもった建築家の一人でもあった。

三澤氏は「強い木造」に挑み、間伐材や木材の積極利用を促進した。三澤氏の元で設計を教わったことは、和田さんにとって今も大きな財産となっているという。

家づくりは「子育て」に似ている

一般に、人生の中で家を何棟も建てることは稀である。ほとんどの住まい手は、家づくりの経験はなく、建築士である和田さんとも、初めましての挨拶から始まる。和田さんは、「人生一度の大仕事」の場面に立ち会う責任を、毎回強く感じているという。

住まいとは、安全で快適な器である。長持ちし、飽きずに使うことができ、家族の変化にも柔軟に対応できるようなものでなくてはならないという信念もある。

そして、和田さんの尊敬する大先輩がくれた、この言葉をいつも胸に、設計をしているそうだ。

「人が家をつくるんやけど、家が人をつくるんやで」

ご家族の住まいに対する想いや要望、必要なものの優先順位を一緒に紐解きながら、予算という絶対的な現実とすり合わせて、プランを練っていく。新築であれば、一軒の家づくりに費やす時間は平均1400時間。毎回、真剣勝負だ。その業務量の多さやストレスから、これまで3度体調を崩した。だが、何も形がないところからイメージをまとめあげ、プロである職人達が力を注いで作り上げるプロセスには、いつも魅了されている。

「住宅設計とそれに続く施工って、子育てみたいなんです」

そんなふうに、和田さんは家づくりを表現する。あまたのプロセスを経てあるひとつの形に導かれて住まいができあがり、住まい手の暮らしがそこではじまる。「いってらっしゃい」と送り出すときは、さながら娘を嫁に出す気持ちだと語っていた。

自身で工事まで手がけた古家のリビングにて

編集後記:住まい手とつくるのは「暮らし」

「さりげない毎日の暮らしこそ、ほんとうにかけがえのないもの」

和田さんのホームページに書かれているこの言葉に、これまで彼女がどのような想いで暮らしに向き合ってきたかが、にじみ出ている。

和田さんは、30代のときに夫をがんで亡くしている。それ以来、当時、小さかった子ども2人を10数年育てながら住宅設計の仕事を続けてきた。「あたりまえ」と思っていたいつもの日常を失ったからこそ、家で繰り広げられる、なんでもないような日々や時間を本当に大切に捉えている。

だからこそ、そこで過ごす家族みんなの絆が深くなったり、コミュニケーションがより生まれやすくなるような仕掛け、また疲れた心身を心底休めることができるような空間を、設計では大切にしているそうだ。

「いま生きていることは奇跡であって、どこかに探しに行かなくても、すでに私たちの目の前は幸せで溢れているんです」

筆者が、和田さんに出会ったのは2年前のこと。「とある小屋 a hut」を訪れたときのことだった。そこで和田さんのお話に魅了された筆者は今回、和田さんの想いを記事にすることに決めた。

たおやかな空気感を感じる和田さん。話せば話すほど、彼女の芯に太い幹を感じられるのは、彼女のこれまでの人生そのものから言葉が発せられているからだろう。なにより、和田さん自身が、ひとつ一つ暮らしを紡いでいるからこそ、「住まい・暮らしが人をつくるという思想や言葉」が、力を持つのだと筆者は思った。

今の自分自身を創り出しているであろう、街・ローカル・家・空間・暮らし方に、いま一度目を向けてみてはいかがだろうか。

【参照サイト】設計事務所 春摘
【参照サイト】Youtube番組「清水明華の暮らしのトーク」
【参照サイト】「a hut とある小屋の再生日記」 by Takeshi Baba
【参考文献】サステイナブルに暮らしたい ―地球とつながる自由な生き方―(服部雄一郎 服部麻子)
【参考文献】サステイナブルに家を建てる(服部雄一郎 服部麻子)

Photo by Yoshitsugu Ujo
Special Thanks:服部雄一郎
Edited by Erika Tomiyama

※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事となります。

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Life Hugger 編集部

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