“わざわざ”訪れる店から、普段使いの「わざマート」まで。「わざわざ」代表の平田さんが考える「よき生活」とは?

わざわざ

長野県東御(とうみ)市御牧原(みまきはら)の山道を上った場所に看板も出さずに佇む小さなお店があります。「パンと日用品の店 わざわざ」(以下「わざわざ」)は、薪窯で焼いたこだわりのパンと丁寧にセレクトされた日用品が揃うこだわりの店。週4日の開店日には、県の内外から多くの人が“わざわざ”山道を通ってやってきます。

店内にずらりと並ぶ、こだわりとセンスを感じる商品たち。それらすべてが「長く使えるもの」「飽きのこないもの」「暮らしに寄り添うもの」「きちんと作られたもの」そして「環境に配慮したもの」という5つの選定基準に沿って選ばれています。

この1月から、新店舗となる「わざマート」を東御市のロードサイドにオープン。ブランドとしては初めて交通の便がよい場所に日常づかいを想定した”コンビニ+直売所型店舗”を出店するそうです。今回、わざマートの開店を記念して、株式会社わざわざ代表の平田はる香さんに、会社の創業に至るストーリーや将来の展望などについてお話を伺いました。

わざわざ

株式会社わざわざ代表 平田はる香さん

DJからパン屋に。やれることを全て詰め込んだ店を開く

「わざわざ」をはじめる前は、なんと東京でクラブDJをしていたという平田さん。当時を振り返り、20代は何をやってもうまくいかなかったと言います。

「2009年に今の事業を始める前は何をやってもうまく行かず、挫折の連続でした。20代は東京で7年ぐらいクラブDJをやっていましたが、それでは食べていけず。10代に高校受験で失敗したり、家族の事情で大学に進学できなかったり。好きなこと、やりたいことがずっとうまくいかないと感じていました」(平田さん、以下同様)

何をして生きていけばいいのか、毎日モヤモヤしていた平田さんの人生が好転しはじめたのは、「やりたいこと」や「好きなこと」から「できること」や「人のために役立つこと」をやろうと、考え方を根本的に変えたことがきっかけだったそう。

「クラブDJとして成功するために自分のPRサイトを製作したり、イベントのフライヤーを自作する過程でウェブデザインやDTPのスキルが身につきました。上京したいという想いを叶えるために通ったスタイリストの専門学校で学んだファッションの知識、雑誌の編集部のアルバイトで培った誌面づくりやイベントの広報の仕方も、すべて生きるためにやっていたこと。必死に生きてきた過程で勝手に身についていたことを全部集めたら、意外と世の中に求められることができるんじゃないだろうか。そう思って独立を決意しました」

暮らしの中の「食」にこだわる店の原点。料理のこと

「わざわざ」の店名にもあるように、扱う商品は毎日の暮らしに欠かせない食や日用品が中心。その中でも「食」にまつわるアイテムは、平田さんの安心・安全でおいしい食べ物への思いが込められています。

「子どもの頃から料理は好きでした。父子家庭だったこともあり、ハイカラな料理など食べたい料理は子どもの頃から自分で作っていました。友人のお父さんがシェフで、そこのお母さんが作る料理がめちゃくちゃおいしくて。味付けだけでなく、食材の切り方や盛り付け方まで、作り方をよく教えてもらっていました。その料理を家で再現すると、今度は家族が 『おいしい!』と、とても喜んでくれました。自分が食べたくて作り始めた料理ですが、いつしか家族の喜ぶ姿を見たくて料理を作るようになっていました」

自分ができることで誰かの日常をちょっぴり幸せにする。子どもの頃から始まった平田さんの「食」との向き合い方は、その後もお菓子やパンづくり、各国のスパイス料理、和食へと形を変えながら現在に至るまで続いています。

「最近はご飯を炊いて味噌汁を作り、新鮮な食材に美味しい鰹節と醤油をかけるだけのシンプルな和食中心になっています。パンも昔はあんパンやクロワッサンなどいろいろ焼いていましたが、店に出しているのはシンプルな食事パンだけ。本当は小麦・塩・水だけで作るシンプルなカンパーニュの1種類だけにしようと思っていたんです。でも、日本の朝食といえばやはり食パンなんですよね。また、小さな子どもや歯が弱くなってしまった高齢の方には、カンパーニュのような硬いパンは食べにくいんです。そこでカンパーニュと角食パンの2種類を販売することに決めました。実際に店頭に出すと角食パンはよく売れていました」

ひとりでも多くの人に食べてもらいたいという思いから、2種類のパンを提供する。商品の質にとことんこだわる一方で「より多くの人にとってベター」だと思えば柔軟に対応する。平田さんが「あいまいで適当」と表現する寛容さも、多くの人が「わざわざ」を支持する理由ではないでしょうか。

「わざわざは、多様な価値観をもつ多くの人に開かれた店でありたいと考えています。新店舗の『わざマート』などはまさにそうした店舗です」

“わざわざ”ではなく、いつもの町のコンビニ「わざマート」

わざマート

山の上にある看板のない店に「わざわざ」足を運ぶことが魅力の「わざわざ」に対して、新店舗は市内のロードサイドにあるコンビニライクな店という、まさに真逆なスタイルの「わざマート」。実は平田さんは創業してすぐに、こうした異なる2種類の店舗を展開する構想があったそうです。

「わざわざは、象徴的な店という位置づけです。美しい景色を見ながら山道を上るその先に看板も出さずにポツンとあって、周囲には焼きたてのパンのいい香りが漂う。そんな景色を見てみたいという旅行者のような人たちが訪れる、ちょっとインスタ映えもするスポット的な存在にもなってきています」
わざわざ

一方の「わざマート」のターゲットは日常的に買い物に来る人たち。「どちらかといえば、市民の方が足しげく通うみたいなポジションになっていくのではないか」と平田さんはいいます。

「わざマートでは、わざわざでできなかったことを全部やろうとしています。”わざわざ”足を運ぶのではなく、”行きやすい”店に日常の品を買いに来てもらう。たとえば、わざわざでは週2日の定休日を設けていますが、わざマートはほぼ無休で営業しています。店内もコンビニのようなレイアウトになっているので『奥に行けば冷蔵棚がありそう』とモノの位置も把握しやすく、いちいち聞いたりしなくてもお目当ての商品にたどり着くことができます。現在、わざマートの取り扱い商品は約1,200種類ですが、将来的には3000種類を超える商品を揃える予定です。ここに来れば生活に必要で安心なものが大抵揃う、そんな存在になりたいと思っています」

日常の中で日常品を買いにくる店がコンセプトのわざマートですが、古い乾そばの製麺工場の居抜き物件をリノベーションしてできた店内には随所に「わざわざ」らしいこだわりが感じられます。

「陳列棚には、製麺所で使っていたトレイをそのまま使用しています。近所で廃園した保育園から譲っていただいた引き出しも使わせてもらっています。物を大切に使うというわざわざの精神を、什器で表現しようとしました。

また、地域特産物を多く扱うことで売り上げをきちんとたてて、地域の人たちが利益を受け取れるようにしたいです。オープンしたてのころに、近隣のおばあちゃんがバギーを押して店にやってきたんです。いい商品が揃う店が歩いて来れるところにできたと喜んでくれていました。『ここの商品にはお金を出す価値がある』と言っていただけるのは本当に嬉しいことです」

一人ひとりの「よき生活」に寄り添う店をめざして


「わざわざの選んだモノであれば、高品質で体にもよく、社会や環境に良いアイテムだ」と厚い信頼を寄せるファンが多いのもわざわざの特徴です。そんなブランドの今後の展開について平田さんに聞いてみました。

「2種類の食事パンは、そのまま食べてもおいしいパンを提供したつもりだったんです。でもインスタグラムを見たら、みなさんパンにジャムやバターを塗られていて。私たちは売り手として良いものを売るところまでちゃんとやれば、後はみなさんが好きなように食べてくださればいいんだと思いました。そして、それが購入した人にとっての幸せでもあると改めて理解しました」

一人ひとりにとっての「よき生活」を探すのを少しだけお手伝いする。そのために平田さんは、店で販売しているモノを実際の暮らしのなかに落としこみ、どう使っていくのか体験できる場所を作ろうとしています。

「家をイメージした建物の各部屋に、わざわざで販売している商品を設置して試してもらう、『よき生活研究所』という体験施設をオープンする準備をしています。私自身、人に何かを押し付けられるのは嫌いなので、商品をこう使ってくださいといった提案は出さないつもりです。人それぞれ、好きなモノ、苦手なモノがあって当然だし、商品は買った人が好きなように面白く使ってくれたらそれでいい。みんなが自分なりの「ちょうどいい」を探せるよう、私たちは場所を用意してお待ちしていますというスタンスです。そんな暮らしについて考えるきっかけとなる場所になれたらいいですね」

編集後記

山の上で早朝からパンを焼く今の姿からは想像もつきませんが、都会でクラブDJとしての成功を夢見ていた平田さん。紆余曲折を繰り返し、いろいろ経験を積み、悩み、努力し、そして最後に俯瞰して自分を見つめた時に自分の生きる道が見えたといいます。真っ直ぐにここまで来たわけではないゆえに、他にはない圧倒的な個性やセンスを感じつつ、多種多様な人や価値観が受け入れられる心地よい曖昧さや余白がある。「わざわざ」が多くの人から長く支持され続ける理由がわかる気がしました。

町のコンビニ「わざマート」のオープンに続き、この春には「使い方を提案しない」という、新しいスタイルの商品体験施設「よき生活研究所」をスタートさせる株式会社わざわざから今後も目が離せません。

(取材・文:わだみどり)


【参照サイト】コンビニ+直売所型店舗 「わざマート」プレオープン | 株式会社わざわざ
【参照サイト】わざマート インスタグラム
【参照サイト】パンと日用品の店 わざわざ オンラインストア
【関連ページ】サッと立ち寄って、良いものが買える。「パンと日用品の店 わざわざ」の新コンセプト店舗「わざマート」が長野県東御市にプレオープン

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Life Hugger 編集部

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