暮らしを守る人々  〜熱海土石流被害から1年

2021年7月に静岡県熱海市伊豆山地区で発生した大規模な土石流被害から1年が経ちました。記録的な大雨で、逢初(あいぞめ)川上流で崩落した大量の盛り土は、周囲の建物を飲み込みながら海岸近くにまで到達しました。災害関連死を含む27人が命を落とし、現在も行方不明者1人の捜索が続けられています。

被害にあった建物は136棟。約130世帯が公営住宅などに移り、先の見えない避難生活を続けています。被災地区の一部は今も崩落の危険性があり、1年が経った今も立ち入り禁止区域に指定され、立ち入りは月3回のみ対象地域の住民に限り認められています。被災から1年、伊豆山地区の人々の暮らしを守り、復旧・復興に向けて尽力する皆さんにお話を聞きました。

伊豆山地区に「あいぞめ珈琲店」オープン

窓の先には水平線。晴れた日には初島や大島、房総半島まで一望できる絶景ロケーション

土石流の被害を受けた熱海伊豆山地区に、今年4月、海が一望できるコミュニティカフェがオープンしました。

場所は、伊豆山の国道沿いにある「浜会館」の4階。かつては地元の人や観光に訪れる人で賑わったエリアにあり、1階に日本三大古泉のひとつである「走り湯」の共同浴場が、2階には地域の集会場があります。伊豆山神社例大祭など地域の行事に使われ、伊豆山の人なら誰もが知っている場所です。

「土石流が起きた後、理容室だった4階が長い間倉庫として放置されていることを知りました。人と人、人と地域をつなぐ場所をつくるなら、ここしかないと思いました」。こう話すのは、地元の有志団体「テンカラセン」代表の高橋一美さん。熱海市伊豆山で弁当屋を営み、店舗が土石流の被害を受けましたが、発災翌日から在宅避難していた近所の高齢者などに支援物資を届ける活動を始めました。仲間とともに、毎日、急勾配の坂道や階段を登り降りして地域の人の安否や健康状態などを聞きながら、目の前の困っている人や問題に向き合ってきました。そうした活動の延長線上にあるのが、このコミュニティカフェの開業でした。

土石流という最悪の事態を前に、世代を超えて人と人がつながっていく光景を目にするうちに、“復興”の先にある伊豆山の未来を自分たちの手でつくるため、人と人が交わる“交差点”のようなカフェをつくりたいと考えるようになりました。カフェの名前は『あいぞめ珈琲店』。土石流が起きる前、地元の人たちの待ち合わせ場所だった「逢初(あいぞめ)橋」にちなんで名付けました。「何年経っても、形が変わっても、ここに来れば誰かに会えたり情報が得られたりする、“近所のともだちの家”のような場所にしていきたい」と高橋さんは言います。

1年ぶりに御堂へ戻ったお地蔵様

奇跡的にほぼ無傷だった逢初地蔵。7月、お堂の修復が完了し、元の場所に戻された

土石流被害が起きる前、逢初橋から南へ30メートルほど下った場所に、古くから「逢初地蔵」の名で親しまれてきた木彫りのお地蔵さんが安置されていました。土石流によってお堂は損壊しましたが、お地蔵さんは無傷の状態で残っていました。

「これだけの被害にあいながらお地蔵様だけ無傷とは」。被害を受けた浜地区の住民は、この奇跡のような出来事に驚くとともに、これを励みにみんなでがんばろうとお地蔵様を浜会館に移し、お堂の修復や清掃を続けてきました。

そして、この7月、1年をかけてようやくお堂の修復作業が完了し、お地蔵様を元の場所に戻すことができました。お堂の修復を手掛けたのは、NPO法人熱海キコリーズNPO法人atamistaなど地域で活動するNPOのメンバーです。

お堂の修復に尽力した熱海キコリーズ

熱海キコリーズは、会社員やエンジニアなど多様な人が週末に森へ入り、ヒノキ放置林を間伐。出た材を製材加工して付加価値をつけ地域に還元していく、という地産地消の取り組みを続けています。土石流被害の後、行方不明者の捜索活動に従事していた自衛隊から要請を受け、森林保全のために間伐・補完していた木材を、重機の足場用として提供。土木系の災害支援NPOにも木材を提供し、被災した家屋の復旧作業のための仮柱として活用されています。そして今回はお堂の復旧のために熱海伊豆山の間伐材を活用し、ヒノキの丈夫な床板が完成しました。中へ入るとヒノキの香りに癒されます。また、atamistaは、「100年後も豊かな暮らしができるまちをつくる」をモットーに、熱海のリノベーションまちづくりを推進しています。

土石流発災後、被災した地域の復旧作業は、社会福祉協議会の災害ボランティアセンターが中心に行っていました。個人所有の被災した住宅や店舗の土砂の撤去作業は徐々に進んでいましたが、浜町エリアの浜会館で管理されているお堂は手つかずの状態でした。この2団体をはじめとする地域の有志の皆さんが協力して、約1年をかけて逢初地蔵堂の床、内壁、外壁、天井、ふすま、ガラス戸などの清掃や修繕を続けてきました。

熱海キコリーズ代表の能勢友歌さんは、「地蔵堂は今も警戒区域内にありますが、特別許可を得て安全優先で作業を継続してきました。住民の皆さんの心の支えである地蔵堂を復旧させ、ようやくお地蔵さんをお堂に戻すことができました。今夏、お堂の行事が再開されますが、もう一度ここに集まれるのをみんな心待ちにしています」と言います。

被災を乗り越えより良い社会をつくるために

土石流によって損壊した遭初橋(2021年7月撮影)

近年、地球温暖化や気候変動の影響で、全国各地で自然災害が相次いでいますが、熱海土石流被害の最大の特徴は、単に雨がたくさん降ったために起きた「天災」ではなく、「人災」と呼ばれている点にあります。静岡県の調査結果によれば、発生源は上流の谷に造成されていた違法な盛り土と見られ、不動産会社が10数年前から土を運び込み、市などからの度重なる指導を無視して計画の3倍を超える高さまで盛り、適切な排水設備も設置されていませんでした。

盛り土は、農地に転用する場合は農地法、森林伐採の場合は森林法など、土地の用途によって異なる法律や自治体の条例で規制されていますが、規制内容に濃淡があって規制のゆるい地域に建設残土が集中して持ち込まれるといった実態があります。国は熱海の土石流発生後、全都道府県に盛り土の総点検を求めました。その結果、対象36,000カ所のうち、防災上の対策などに不備のある盛り土が全国に1,089カ所もあることが判明したのです(2022年3月)。そして、2022年5月、危険な盛り土の規制を強化する「盛土規制法(正式名:改正宅地造成等規制法)」が成立しました。早ければ2023年5月にも施工される見込みです。

災害は多くの被害をもたらしますが、そこから復興しようとする社会では、被災を乗り越え、より良い社会をつくるための多様な試みが生まれます。新しい挑戦には試行錯誤がつきものですが、地域の皆さんの挑戦をこれからも応援していきたいです。

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新海 美保

新海美保(しんかい みほ)。出版社やPRコンサル企業などを経て、2014年にライター・エディターとして独立。雑誌やウェブサイト、書籍の編集、執筆、校正、撮影のほか、国際機関や企業、NPOのPRサポートも行っている。主なテーマは国際協力、防災、サステナビリティ、地方創生など。現在、長野県駒ヶ根市在住。共著『グローバル化のなかの日本再考』(葦書房)ほか