築135年の水色の洋館が新たな漫画の聖地に!旧尾崎テオドラ邸保存プロジェクト

居住者がおらず、建物が老朽化していく空き家問題が取りざたされて久しい昨今。歴史的にも価値がある建物においても同じことが起きていると言われています。そんななか、東京都世田谷区豪徳寺にある洋館が、大きな保存プロジェクトによって新たな観光スポットに生まれ変わりました。その名も旧尾崎テオドラ邸。今回は2024年3月1日に開館した、ギャラリー・ショップ・喫茶室を併設する洋館・旧尾崎テオドラ邸についてご紹介します。

解体予定だった洋館に漫画家の山下和美さんが「待った」をかける

旧尾崎テオドラ邸はかつての東京市長である尾崎行雄の旧宅です。明治21年(1888年)に英国生まれの娘のテオドラの為に、日本人の父である尾崎三良男爵が建てたと言われています。昭和8年頃に港区から現在の世田谷区の豪徳寺に移築され、それ以降は英文学者や共産党関係者、写真家など、さまざまな文化人の住居となってきています。

尾崎行雄とテオドラ

そんな旧尾崎テオドラ邸は、元々2020年夏に取り壊されることが決まっていました。そこで立ち上がったのが、「天才柳沢教授の生活」などで知られる漫画家の山下和美さんです。洋館周辺を散歩のたびに通りがかっていたことで解体を知り、「漫画家が、漫画家の力で、漫画家のための事業を行おうという話になった」として、同じく漫画家の笹生那実さんと共に保存プロジェクトに乗り出しました。

建物を維持活用していくには多大な費用がかかることから、所有者と交渉して土地を買い取り、クラウドファンディングで出資者から資金を調達することに。その後はプロジェクトに賛同した「ドラゴン桜」の三田紀房さん、笹生さんの旦那さんであり、「静かなるドン」の作者の新田たつおさんなどの漫画家仲間が次々と協力の輪に加わりました。

漫画家の力で保存しなくては意味がない

建物の修復だけでも当時の見積りで約1億円かかると試算された旧尾崎テオドラ邸。資金を集める為にクラウドファンディングだけでなく、高橋留美子さんにも相談をして資金調達を図ったものの、コロナ禍を経て資材や建築費の高騰という問題に直面。「賭博黙示録カイジ」の福本伸行さん、「土竜の唄」の高橋のぼるさんにも声をかけ、漫画家仲間の協力のもと、どうにか建物の修復に必要な資金を集めることができました。

旧尾崎邸

三田紀房さんによると、最初資金が不足していたときに経済界の投資家を巻き込む話も考えたと言います。「それでも漫画家の力で事業を成功させたいという想いが強かった。お金の集め方も方々からいろいろなアドバイスを受けましたが、それをやるのは違う。漫画家が漫画のために何かをやらなくては意味がないと感じたため、漫画家の先生たちに声をかけていきました。この7人の力が大きいと感じています」と、当時を振り返っていました。

また、クラウドファンディングでも1,000万円以上の寄付が集まったそうで、漫画家の方々の影響力だけでなく、旧尾崎テオドラ邸の知名度や保存を熱望するファンの多さもうかがえます。

建物の維持や活用にとどまらず日本の漫画を世界に発信

階段

旧尾崎テオドラ邸の設計を担当した田野倉建築事務所の田野倉徹也さんによると、洋館とは元々外国の建物を日本でマネした日本建築だとのこと。一般的な洋館は日本文化に溶け込んだ階段などは残しつつ、装飾や屋根などは洋館風に施しているそうです。旧尾崎テオドラ邸は明治期の洋館文化を現代に残すうえで貴重な遺構なのだとか。

ギャラリー内部

ギャラリー・ショップ・喫茶室を併設する旧尾崎テオドラ邸。漫画家が館そのものを引き継いで歴史をつなげていくだけでなく、漫画文化を保存し、発信していく場所としても活用していきます。1階は喫茶室やアンティーク家具とともに写真が撮れる撮影スポット、2階は漫画家たちの原画を展示するギャラリーになっています。このほかにもオリジナルお菓子やグッズの販売といった展開も予定されています。

原画ギャラリー

さらに旧尾崎テオドラ邸の保存プロジェクトは、建物の維持や活用だけにとどまらない大きな動きに発展。さまざまな作家さんの原画を購入できる海外向け通販サイトも2024年3月1日にオープンしました。これは日本の漫画の魅力を世界に発信して、コレクターに直に販売することを目的としています。「日本の漫画家が手で描いた直筆原画はまさに芸術作品。この魅力を世界に発信したい」と三田さんは語っていました。

土地の権利など課題も多い建築保存には、ビジョンを共有する仲間が必要

今回の旧尾崎テオドラ邸再建に際して、漫画家の方々は建築保存の問題点を数多く感じたと吐露していました。山下さんは「一人が建築を保存しようと思ったときには、まず共有する人を見つけることが大事。似たビジョンを持った人を集めるのが大変でした。賛同者は多かったのですが、レストランなど、この洋館のイメージとは異なる事業をやる話も出ていました。しかし、この建物で何がしたいかというビジョンを同じように共有できる人が集まったことで、難しいことも実現できる強さを知りました」と話します。

喫茶室

笹生さんは「元々1,000坪ほどあった敷地が相続税のために切り売りされて、今は100坪ほどになりました。なんとか建物の解体は防げましたが、山下さんと二人で全財産を捧げたほど。夫の会社からお金を借りて返済した後に、一般社団法人旧尾崎邸保存プロジェクトを立ち上げて権利が移りましたが、自分から自分に譲ったのに贈与税がかかることは不思議でした」と税金の話を吐露。

一方で今回、旧尾崎テオドラ邸の2階を原画ギャラリーにし、原画の通販ショップを立ち上げたのは、原画を巡る税金の問題もあるそうです。作家本人が亡くなった後には、原画の相続税の負担を遺族が担うことになるのだとか。そのため、家族に迷惑がかからないように廃棄したり、ネットで適当に販売してしまったりすることも少なくありません。

原画

「絵を描いて海外に売るシステムがあれば、自分の経済安定にもつながり、作家活動を続けやすくなります。引退した作家のなかには、漫画を描くのは大変だけど絵を描き続けたいという人もいる。手描きでこれだけのものを描けるのは日本人だけ。この美的感覚を海外の人にダイレクトに感じてほしいと議論して、直接ユーザーに届けるシステムを整備したいと思いました」(三田さん)

文化的・歴史的に価値のあるものを次世代にどうつないでいくか。歴史的建造物の洋館だけでなく、漫画の原画という日本を代表する資産をどのように守ってつなげていき、漫画家の持続可能な活動を支援していくのか。今回の旧尾崎邸保存プロジェクトには、「あしたのジョー」のちばてつやさん、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の秋本治さん、「デビルマン」「マジンガーZ」の永井豪さんなど、日本を代表する漫画家たちも賛同の声をあげています。取り壊しの危機から一転、漫画家の聖地になりそうな旧尾崎テオドラ邸。今後は時代や国を超えて文化をつなげてくれる、世界的にも注目の観光スポットになっていきそうですね。

【参照サイト】旧尾崎テオドラ邸

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Life Hugger 編集部

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